Yasuhabitat

Love the Life You Live, Live the Life You Love | 歩みたい人生を歩むための挑戦記

国際共同制作

最近、学校を卒業後のことをよく考える。これからもドキュメンタリー制作に携わっていくために、どんなオプション、可能性があるのかを探っているんだけれど、その中で「国際共同制作」という言葉によく出くわす。

 

そしてこの言葉になぜか引っかかるのだ。

 

今の映画学校は半分がデンマーク人、もう半分が外国人という構成。つまり、ここで作られる作品は意図せずとも「国際共同制作」。

バックグラウンドが異なる人々と一つのものを作り上げる楽しみも困難もどちらも味わった上で、私は「同じ想いを持った人と一緒に映画を作る」というのを一つの軸にしたいと考えている。

 

だから、二国間の文化交流や記念作品などは例外として、最初から「国際共同制作」を前提として企画を考えるのは違和感が残るのだ。一番大切なものが置き去りになってしまうような気がして。

 

「国際〇〇」ってなんとなくキラキラとしたイメージがあると思う。それだけで、時代の最先端を行っているような感覚にもなると思う。なんか「イイことしてる」って思っちゃうと思う。実際、私も「国際教養学部」出身だし、「国際」と付いていることに安心していた時期もあった。

 

でも、Inter(〜の間)national(国)という構図って、文字通り「国」と「国」の間なんだなとも思う。移民について学んだ経験から、私は「国」という縛りから離れて「人」として生きていきたい(「日本人」としてではなく「日本で生まれ育った人」としていきていきたい)って思うし、一緒に作る人を国(国籍)で決めたくない。

共通する想いを軸に、お互いのバックグラウンドや強みを生かして「自分たちにしか撮れない作品」になればいいって思うし、「想い」があれば大抵のことはなんとかなるって思うから。

 

もちろん国際共同制作が盛んになってきている背景には、複数の国が共同で出資することで制作費を増やしたり、市場規模を大きくすることを狙っているという事情もあると思う。でも、これもやっぱり「うーん」って思ってしまう。

幸運なことに、今はクラウドファンディングやオンライン配信など、様々な資金調達や配給のオプションがある。国際共同制作も選択肢の一つではあると思うが、やっぱりお金を理由に「想い」を犠牲にすることのないように自分にしっかりと言い聞かせておこうと思った。「国際共同制作」は手段であって、映画を撮る目的ではないのだ、と。「想い」を犠牲にしそうになった時に、きちんとNOを言うために。

なぜ、「ドキュメンタリー」なのか?

映画学校でも、世間一般でも、ドキュメンタリーってフィクションに比べると少数派なので、「なんでドキュメンタリーなの?」という質問を時々受けることがある。

 

正直言うと、ちゃんと台本のあるフィクションの方が綿密にストーリーが組み立てられている分、面白いし分かりやすいと思う。だから自分が観る分にはドラマ系のフィクションも好き。でも、作る側に立つとやっぱり「フィクション」じゃなくて「ドキュメンタリー」だよなって思うのだ。

 

映画制作は私にとって「表現の手段」

 

つまり、文章を書いたり、絵を描いたり、スピーチするのと一緒。映画制作の道に足を踏み入れたきっかけは「自分なりの表現手段を持ちたい」という理由だった。

私は長いこと「表現しない」生き方をしてきた。いや、くだらないわがままはよく言っていたけれど、心の内にある肝心な部分をずっと隠してきたのだ。表に出したら否定されるんじゃないか、バカにされるんじゃないか、くだらないと思われるんじゃないかって。

でも、あるときから「自分の中にあるものを表現することで、人と繋がりたい」って思うようになった。それは、「誰かが表現してくれたものに自分を重ね合せることで世界(観)って変わるんだ」ってことに気づいたから。

 

自分の中にあるもの、特に興味や関心はあるのだけれど自分でもよくわからないものを表現したい。その裏にあるモヤモヤした気持ちも含めて。そういった分からないものを探求するプロセスや葛藤をも映し出したいなって思う。つまり、最初から答えを知っていて、それを伝えるために映画を作るのではなく、答えを見つけるために映画を撮りたい。そしてその過程を観客と共有したい。だから、最初から台本があるフィクションではダメなんだ。小説ではなくてブログを書いている理由も同じ。

 

そもそも「ドキュメンタリー」って?

 

Wikipediaによると、

「取材対象に演出を加えることなくありのままに記録された素材映像を編集してまとめた映像作品」

 とある。たぶん、ほどんどの人がこう思っているんじゃないかな。

 

さらに、中には

制作者の意図や主観を含まぬ事実の描写」 

と考える人もいるかもしれない。

 

私もちょっと前まではそう思っていたし、誰かに見てもらうならば上のような想いを抱きつつもそれは外に出してはいけないことのように感じていた。見てくれる人が持っているある種の「ドキュメンタリーに対する期待」のようなものを裏切ってはいけないと。相手が理解しやすい例えを用いて何かを伝えることが大切なように、ストーリーを受け入れてもらうには観客が一番受け取りやすい形で届けるのが最適だと。そう思っていた。

 

でも、デンマークに来てから考えが大きく変わった。既成概念の枠にはまりきらないドキュメンタリーばかりなのだ。ドキュメンタリーとして日本で上映したらクレームになりそう(笑)というものもたくさんある。

 

ドキュメンタリーの最初の授業で「ドキュメンタリーは何か?」の問いについてディスカッションしたり、色々なタイプのドキュメンタリーについて学んだ後で、みんなが腑に落ちたドキュメンタリーの定義は「なんらかの形で『リアル』な要素が含まれていること」だった。

 

ドキュメンタリーの手法の一つに、re-enactmentと呼ばれるものがある。これは、実話に基づいた再現映像のこと。一番身近な例でいうと、映画ではないけれど仰天ニュースのエピソードみたいな感じの映像。

 

映画でも「実話に基づいたフィクション」って結構あると思う。というか、ほとんどの映画が実生活・実体験の中からアイデアが生まれてストーリーへと組み立てられていくと思う。

 

つまり、「フィクション」とか「ドキュメンタリー」っていう分け方自体がかなり曖昧。でもそれは言いかえれば、「フィクションorドキュメンタリー」という2択だけじゃなくて、もっと自由に考えていいってことだと気づいた。

 

今の私が考える撮りたいスタイル 

 

私は「ドキュメンタリーが撮りたい」とずっと言い続けてきたけれど、私が撮りたいのは「ドキュメンタリー」、つまり「リアル要素」が含まれている作品であることだけではない。

 

私の言っていた「ドキュメンタリーが撮りたい」は「観察映画が撮りたい」と言い換えた方が適切だと思う。つまり台本がなく、次に何が起こるのか正確に分からない状態で撮りたいテーマや人物にフォーカスしてカメラを回し続けるスタイル。自分の中にある「問い」を方位磁針がわりに撮影を進めていくイメージ。

(ちなみにドキュメンタリーの撮影の基本は、まずテーマに対してリサーチをした上で全体の構想を立ててから、それを軸に取材で肉付けしていく方法。ドキュメンタリーと言えど、何もない状態で撮影を始めるのは終わりが見えないためリスクを伴う。

 

そして最近、↑のスタイルで撮影した映像に、少しだけ手を加えたいって考えてる。冒頭でも少し書いたように、私にとって映画制作は「自己表現」の手段。でも、「客観的でなければいけない」という葛藤を抱えていたけれど、こちらに来てからそれは不可能であることを知った。映像はあくまでも撮影者の視点から切り取られた情報だから。

 

そして事あるたびに、意外にも「自分を作品に含める」という視点からのアドバイスをいただく。客観的であることなんて求められていなくて、「自分にしか作れない作品を作りなさい」と言っていただくことが多い。とっても嬉しいしほっこりした気持ちになるんだけど、未だに若干抵抗があってうまくできない。でも、本当は一番したいこと。

 

だから、まだ試したこともないし、うまくいくか分からないけれど、カメラには直接写せない私の心の声、疑問、葛藤といった制作の根元にあるものを、合成、アニメーションやナレーションという形で撮影した映像と組み合わせて一つの作品に仕上げていきたいなって思ってる。そして、これらがストーリーを進めていく上でのガイド役となってくれたら、伝えたいことがより分かりやすくなるのかなという気がしている。

 

【ドキュメンタリー】Given〜いま、ここ、にあるしあわせ by 高橋夏子

病気によって色々なものを背負いながら日々を生きる3つの家庭のドキュメンタリー。

 

youtu.be

 

この作品を見ようと思ったのは、タイトルと紹介文。

「病気」と「しあわせ」。

一見相反してみえる2つの言葉。

でも、何か大切なライフレッスンがあるんだろうなっていうのはすぐに分かった。

そして人々の幸せは、自分の制作テーマでもある。

 

特に印象に残ったのは、病気で顔の半分を切除せざるを得なかった男の子とそのファミリーの話。家族も本人も、背負ったものを受け入れて、前に進んでいた。背負ったものを「自分らしさ」に変えていた。

 

分かってる。頭では分かってるんだよ。でも、「わかる」と「できる」は一緒じゃないから。自分に言い聞かせていても、日々を送るうちに忘れたり、なんらかの出来事がきっかけで背負ったものに潰されてしまう。でも、まさに「弱みを受け入れること」がしあわせへの第一歩だと思うんだよね。自分を重ね合わせて、考えてしまった。

 

この作品を観て、「人間の弱み」をテーマにした作品を作りたいなって思った。人は誰しも弱みを持っているものだから。

 

そしてもう一つ思ったのが、「日本っぽい」ということ。いや、「ドキュメンタリー」らしいと言えば伝わるだろうか。デンマークに来てから、今まで観たことのないタイプのドキュメンタリーをたくさん観てきて、中には「これってドキュメンタリー?」と首を傾げたくなる作品もあったけれど、これはドキュメンタリーとしての期待を裏切らないドキュメンタリーだった。そういう意味で安心感がある。

 

ただ、デンマークに来る前は私もこういう作品を撮りたかったのだと思うけれど、今はしつこさを感じてしまう。特にナレーション。この作品の監督の高橋さんは元々はテレビのドキュメンタリー番組を作っていた人というのもあると思うが、映画というよりもテレビを観ているかのような感じだった。特に描写系のナレーションが多くて、それは映像の役割なのでは?と思う部分がちらほら。あと、もしかしたらこのナレーションが関西弁っていうのも、私の心に届かなかった原因かもしれない。大阪のおばちゃん風のしゃべり方と映画の雰囲気がうまく重なり合わなかった。

 

つい先日、ナレーションがある作品を作りたいと思ったけど、ナレーションはあくまでも映像に表れない情報で、かつ、人の心に届くもの(例えば、監督の心の声や気持ちをまとめた詩など)を表現するために用いたいなと思った。

 

 

【Documentary Project】アイデアを練る

ドキュメンタリーの撮影期間は冬休み。そして既に一時帰国用のチケットは購入済みだった。

 

よし、女性僧侶になった友人を撮ろうと一瞬で決めた。
ずっと前から彼女のドキュメンタリーを作ることが頭にあったから迷わなかった。

 

「誰かの生きたストーリー(人生)は別の誰かの支えになる」という考えを元に、私がたくさん影響を受けた彼女の生き方をドキュメンタリーにしたいって思った。

 

私は彼女と一緒にご飯を食べながらお話しする時間が大好き。お互いやってることは違うんだけど深いところで繋がっていて分かり合えるのが嬉しいのだ。私は人に会うと気疲れすることが多いけれど、彼女と会うとパワーをチャージできる。そんな彼女をスクリーンに映し出すことで、私が彼女からいつも得ているような刺激を観客のみんなと共有できたらいいなって思った。

 

幸い、当時取っていたプロデューシングの授業のピッチ(売り込みプレゼン)の練習をする機会があったので、このアイデアを発表したところ好感触だった。ピッチは緊張しすぎてしどろもどろで最悪の出来だったけれど、先生から「すごく良いアイデアだと思うよ!実際に映画として観られるのを楽しみにしてる!」って言ってもらえたのがすごく嬉しかった。

 

この授業の数日後に、ドキュメンタリーの先生との1対1のセッションがあった。初めて話す先生で緊張していたけれど、話してみると気さくでとても話しやすかった。そしてもっと嬉しかったのは、プロデューシングの先生が既にドキュメンタリーの先生に私のことを伝えてくれていたこと。大げさかもしれないけれど、この学校に私のことを気にかけてくれる人がいるということが、2人の先生に立て続けに傷つけられた私にはすごく嬉しかったのだ。

 

その後、今のルームメイトにプロデューサーになってもらい、具体的に何を撮るのか、何を伝えるのかを詰めていった。その中で日本とデンマークの宗教に対する考え方が似ていることを発見した。遠く離れた文化の異なる国の女性の話だけれど、デンマーク人も彼女のストーリーに自分と重なる部分を見つけてくれたらいいなって思った。「自分とは違う世界に住む人」として観て欲しくないなって気持ちがあったから、普遍性を持ったストーリーにするにはどうしたらいいのかを日々考えた。

 

さらにこのアイデアを2-pager(2ページの企画書)に落とし込んでいくのだが、これが案外難しかった。ストーリーの概要、スタイル、トーンなどを書かなければいけないのだが、あまり思いつかなかった。「こんなドキュメンタリーを作りたい」という想いはあったけれど、具体的な構成については考えがあまりなかった。というのも、私の中でドキュメンタリーは偶然を追うものだという認識が強く、「そんなの今の段階では分からない」「今すぐに決めなきゃいけないの?」という思いがぐるぐるしていたからだ。

 

その間にもドキュメンタリーの先生との1対1のセッションが数回あって、相談してみると、想いを視覚的に表現するためにそれらはとても大切なものだという。確かにな、と思う反面、やっぱり視覚的にどうしたいのかの考えは薄い。漠然と「こんな感じ」というのはあったけれど、言葉にできるほど固まったものではなかった。

 

【Documentary Project】暗闇から見た一筋の光

思っていたのとは違った学校生活に意義を感じられなくなって、辞めようかなーっと考え始めていた去年の10月。 

一番楽しみにしていたDocumentary Projectの詳細が発表になった。

 

学校のサポート(ドキュメンタリーの先生との1対1のセッション、制作資金、外部講師の編集指導、機材提供[デンマーク国内のみ])を得ながら10分のドキュメンタリーを制作するというプロジェクトだ。サポートの関係上、選考を経て選ばれた14人のみが実際に撮影、編集に進めるというもの。

 

久しぶりにワクワクした。そうだ、私はドキュメンタリーを作るためにここに来たんだと初心を思い出した。

 

それと同時に少しがっかりもした。

私は学校に「安心して自分を表現できる環境」を求めていた。実際の社会の厳しさを知っているが故に、そこで表現者として生きていく前に自信をつけるための「守られた場」が欲しかったのだ。だからフォルケホイスコーレを選んだ。

でもね、実際私が目にしたのは「小さな競争社会」だった。このプロジェクトの詳細が分かる少し前からインディーズ・プロジェクト(フィクション)も動いていたのだけれど、こちらも選考があるので、みんなが「選ばれるために(気に入られるために)」という視点でものごとを考えているのが伝わってきたし、選ばれなかったらどうしようという不安感も漂っていた。そしてDocumentary Projectにも選考があるのが気がかりだった。

 

どちらのプロジェクトにしても実際に社会に出て制作するときのプロセスに近いので、卒業後にこういった経験は役に立つと思う。でも、やっぱりのびのびと安心して学べる環境が欲しいという気持ちは簡単に諦めきれるものでもない。

 

でもこのとき既に、安心できる環境をこの学校に期待しなくなっていた。正直、これ以上期待を裏切られて悲しい思いをしたくないという自己防衛だけど。

 

でも一旦気持ちを切り替えて、とりあえずこのDocumentary Projectに向けて12月まで頑張ってみようって思った。ある意味、落ちるところまで落ちて吹っ切れたんだと思う。ダメだったらその時はやめてもいいやって思って。

 

【ドキュメンタリー】That night we fell by Cille Hannibal

監督のお母さんが旦那さんを亡くした後の様子を記録したドキュメンタリー。監督さん曰く、「お母さんの近くにいるためにドキュメンタリーを撮った」のだそう。私もよくドキュメンタリー撮影って「いい言い訳」になるなーって思うことがある(笑)

 

The Night We Fell Trailer (UK) from Bullitt Film on Vimeo.

 

このドキュメンタリーの語り手は監督さん自身のナレーション。何がきっかけだったか覚えていないが、どこかで「ナレーションでストーリーを語るのはよくない」って見聞きしたことがあってなんとなく自分の作品では避けてきたのだけれど、私は映像だけで語られるストーリーよりもナレーションのある作品の方が好きみたい。思い返してみれば、私の好きなドキュメンタリーの多くは監督のナレーション付きの作品だ。私の心には「言葉」が一番響くのだろう。周りがどう思うか、何を良いと思うか、に惑わされずに、自分が何が好きなのか、どんな作品を作りたいのかをちゃんと持っていたい。

 

この作品のナレーションでいいなと思ったのは、言葉がとても素直な気持ちから発せられてるところ。例えば冒頭の"How do I begin this story?" (何から話し始めようか?)って、きっとみんな何かを伝えるときに一瞬かもしれないけど悩むことだと思うんだよね。気張っていないそういう姿勢がいいな、デンマークらしいなって思った。

 

そしてビジュアルもとても綺麗。特に「鳥」の使い方。そしてB-roll(セカンドロール)が穴埋めとしてではなく、ちゃんとストーリーを伝える手助けをする役割を持っていた(A-rollと呼んでもいいんじゃないかな)。

 

あと嬉しかったのは、偶然にも知っている方(最後のコースとして取ったAdvanced Documentaryの授業でお世話になった先生)がCommissioning editor(企画編集者)としてサポートした作品だったこと。知ってる人、しかも実際に会ったことのある人の名前がエンドロールにあるってこんなにも親近感が湧くものなのかな。

 

話は変わるけれど自分でドキュメンタリーを撮るようになってエンドロールをじっくりと見るようになった。そうすると、作品がどのように作られたのがが見えてきて面白い。あと以前は何も考えずに観ていたけれど、最近は観ながら「構成が〇〇」とか「この「〇〇の使い方が効果的だなー」とか、色々考えるようになった。なってしまった、と言った方がいいのかな。特にドキュメンタリーを見るときは「ストーリーから何かを得たい」という純粋な気持ちだけでなく、「自分が作る時に活かせる手法やアイデアはないかな」とキョロキョロしながら観てしまう。

【ドキュメンタリー】The Return by Maelene Choi

幼少期にデンマークに養子として迎えられた韓国人2人(KarolineとThomas)が韓国で自分のルーツ(親)を探すドキュメンタリー。

 

youtu.be

 

見終わってみて。うーん。なんだろう。

このドキュメンタリーが伝えようとしているものがあまり掴めなかった。見終わった後に、あのシーンを入れた意図はなんだったのかな?っていうモヤモヤが残ってしまった。

 

個人の好みの問題だけど、re-enactment(再演)だなーっていうのが分かってしまうのが微妙だなーっと。ショット的にその角度から撮ることは再現でないと無理だよなーっていうシーンがいくつかあって(例えば、親との再会のシーンで外からドアをノックしているシーンを家の中側のドアから撮っていた)、重要なシーンだけにがっかり。

 

あとはジャンプカットが多くて集中できなかったし、用いられている意図が分からなかった。効果音もなんだかストーリーにあっていないような印象。

 

興味のあるトピックだっただけに、全体的にちょっぴり残念。

 

 

 

 

 

自分の制作スタイル

最近やっと自分が撮りたいスタイルが固まってきた気がする。
まあ、今後変わったり増えたりしていくとは思うが一応現時点での理想とするスタイルを書き留めておこうと思う。

  • 誰かの世界観に入り込んで、その世界を「私」という視点から発信したい
    自分の心が震えた瞬間を映画を通じて再現する、みたいな感覚。客観的で在ろうとしない、主観的になることを恐れない。

  • 予め撮影内容を決めるのではなくて、観察映画のように一定の時間をかけて被写体と一緒の時間を過ごしたい
    その中で自分の心をコンパスがわりに話を追っていきたい。「誰もがストーリー(人生)を持っている」はずだから。

  • 詩や心に響いたフレーズを含めたい
    →Dreaming Murakami (Nitesh Anjaan)やBrothers (Aslaug Holm)
    のようにポエムと現実世界(ドキュメンタリー)を組み合わせた作品を作りたい。

    Dreaming Murakamiについてはこちら 

    yasuhabitat.hatenablog.com



  • 普段は見えにくい部分(心)を捉えたい
    →見えないものを撮る。編集であぶりだす。具体的にどうするのかはもう少し悩みたい。

  • 観客が自分を振り返ることができる間(余韻)をとりたい
    →ポエム部分はスローに、現実部分はそれなりにテンポよく。メリハリをつける。

  • 同じ「想い」を共有できる人と共同制作したい
    →技術よりも大切なこと。同じ方向を向いて頑張れる仲間ってすごく貴重だって思うから。そして映画を作るプロセスを思いっきり楽しみたい。

【ドキュメンタリー】Dreaming Murakami by Nitesh Anjaan

村上春樹の作品をデンマーク語に翻訳しているMette Holmさんを追ったドキュメンタリー。

 

Dreaming Murakami - Trailer UK subs from Final Cut for Real on Vimeo.

 

自分が翻訳をしているから、というのももちろんあるかもしれないけれど、見終わった後にすごく癒された。頑張ろうって思えた。

 

そして何よりも、私もこういう作品を作りたいんだ!って強く思った。

 

この作品は一般的に考えられているドキュメンタリーとはちょっと違って、フィクションとドキュメンタリーが融合された「ハイブリット・ドキュメンタリー」と言われるタイプの作品。

 

結構こちらでは人気があって、この手法を用いて映画を撮っている人も多い。ハイブリット・ドキュメンタリーの中にも色々な種類があるが、一番多いのはリアルストーリーを再現したreactmentと呼ばれる手法。

 

それに対して、Dreaming Murakamiの構成は、小説の世界(フィクション)とドキュメンタリーを並行して語っている。ところどころに挿入されているフィクションパート(小説の世界)が解釈の余白をもった詩的な印象を醸し出し、自分をドキュメンタリーの主人公に重ね合わせながら振り返るのを助けてくれる感じ。

 

私は自分のinner self(内面)に出会えるような映画が好きだし、自分もそういうものを作りたいと思っている。「知らなかった新しい世界を見せて視野を広げてくれるもの」というだけでなく、「すでにある気づかなかった世界に気づかせて理解を深めてくれるもの」でありたい。だから「誰か別の人の話」ではなく「自分の話」として見て欲しいなって思うから、常に「どうやったら人々が自分を重ね合わせられるか」は意識している。だからこのハイブリット構成は、まさに自分が映画を通してしたいことにぴったりで、自分の表現スタイルがいまいちしっくり固まっていなかったタイミングで出会えたのが嬉しい。

 

 

途中で更新が途絶えた理由

「忙しかった」という言葉で片付けてしまうこともできるけれど、ちゃんと本当の理由を残しておこうと思う。

 

もともと何かを継続するのがあまり得意ではない。
あまり誇れることではないが、過去にも色々と途中で頓挫してしまうことがあった。
意志力ないなーなんて思っていたのだけれど、それだけではない理由がやっと分かった。

 

「自分を否定されること」が極端に苦手で、なんらかのきっかけでそのようなことが起きた時に全てが嫌になって投げ出してしまう、ということ。さらにそのような状態に陥ると自分のことを表現することに恐怖を感じるということ。

 

きっかけは、元ルームメイトとの関係。

 

当時のルームメイトはフランス人とデンマーク人のミックスの18歳で、ダンスやパーティーが大好きな女優志望の子。24時間中、誰かと一緒にいたい、というタイプの子だった。わかりやすく言えばパーティーガール。

 

つまり、年齢が10歳以上離れていて、共通する趣味や関心事もなかった。ルームメイトと夜通し人生や将来について語り合いたいなーなんて思っていた私は正直がっかりだった。でもそれは彼女も同じだったようで、ノリの悪い私との生活が苦痛だったのだろう。そしてそのことをチームティーチャー(生活面の担任)に相談したらしい。

 

その結果、先生の声がけで同じチームの女子が全員一緒にランチをとることになった。その場でいきなり、「私の元ルームメイトが私があまり彼女と関わらないせいで自分の居場所がないように感じて悩んでいる。どうしたらいいと思う?」っていう話になった。

 

つまり言い方を悪くすれば公開処刑だ。その元ルームメイトもこれにはびっくりで、そんなつもりで先生に相談したわけじゃないと謝ってくれたのだが、私は先生のこの対応にとても傷ついた。

 

当時、私も多少なりともルームメイトとの関係や他の学生との関係に悩んでいた。他の学生より10歳以上離れていて、唯一のアジア人で(去年までベルリンにいたけど)、みんなと共通の話題も少ない。映画制作の経験もない。そして私はミニシアター系のものが好きなので、映画の話題ですらあまり話が合わず。本当はもっとなんでも語り合える仲間が欲しかったので正直ショックだった。

*今は別の天然なルームメイトと仲良く暮らしています。相変わらず年齢差はあるのでルームメイトというより母と子のような関係だけど(笑)

 

そして、みんなが大好きなもの。ダンス、カラオケ、パーティー。
これらを好きになれれば、きっと人生もっとみんなと楽しめるんだろうなとは思う。でも、好きではないものを無理やり好きになるのも違うなって思いながらも、なんでここまで疎外感を感じなきゃいけないのかなーって悩んでた。読書や一人で物思いにふける時間が好きだっていいはずなのに。

 

だから、私だって誰かに話を聞いて欲しかった。先生に相談したいなとも思った(でもこの時すでに別件でチームティーチャーのことを信頼できなくて誰に相談したら良いのかすら分からなかった)。なのに、そのチームティーチャーは私の話は事前に一切何も聞かずに、みんなでランチを食べている最中に、私にもっと社交的に振る舞うように言ったのだ。

 

なんか自分を全否定された気分だった。Extrovert(外向的な人)、つまり常に友人に囲まれてキャンパスライフを楽しんでいるようなタイプが「理想的」で、Introvert(内向的な人)やHSP(Highly Sensitive Person=少しの刺激を大きく感じてしまう人)は「ダメ」なのか?

 

そして子供の頃感じていた「みんなと同じじゃなきゃいけないプレッシャー」が蘇ってきた。さらに、自分が劣っているように感じて、みんなと一緒にいるのが余計に辛くなった。

 

さらに追い討ちをかけるかのようにショックな出来事が。

一番最初にエディターとして関わった映画(3分のフィクション)のフィードバックを受ける際に、別の先生から「申し訳ないけど、何を伝えたいのか全く分からない」と言われてセッションを打ち切られたのだ。確かにひどい出来だったとは思う。でも、教育者であるならば、もう少し「ここはなぜこうカットしたの?」とか「ここはこうにすればよかったと思うよ」とか言い方はあったんじゃないかなって思う。

 

私はこの学校にとても期待していた。同じ方向を目指す仲間たちと対話を通じて理解を深めるという理念や失敗が許される温かい環境にとても惹かれていたし、過去を未来へと続けていくための癒しと充電を求めていた。

 

なんで先生たちはこんなひどいことをするのか。全部嘘じゃん!って怒りがこみ上げてきた(もちろん親身になってくれる良い先生もいます)。

 

悲しい出来事が続いた直後だったから、2回目のクラス選択の抽選で第3希望のプロデューシングが割り当てられた時は、(もちろんそんな意図はないって頭では分かっていながらも)自分はこの学校にとってどうでも良い存在なのかなって感じずにはいられなかった。しかも、(今思えば単純にプロデューシングの希望者自体が少なかったから人数調整のために必要だったと分かるけれど)私の第1希望だったドキュメンタリーを第2希望で取ってる人がいたから余計にそう思った。

 

クラスの抽選の話はさておき、もちろん私の「感じ方」の問題もあるけれど、この2人の先生の態度には本当にショックで、今でも避けてしまう。これ以上、傷つけられたくないから。

 

でも、これからも映画制作を続けていく以上、自分を晒し出すことや傷つくことから逃げられないのも分かっているから、時間はかかったけれどここ(ブログ)に戻ってくることにしました(実は更新が途絶えていた間にもう一つのクライシスも経験しましたがこれは後ほど別記事で)。