Yasuhabitat

Love the Life You Live, Live the Life You Love | 歩みたい人生を歩むための挑戦記 2017年8月よりデンマークのフォルケホイスコーレの1校であるEuropean Film Collegeにて映画製作を学んでいます

Week#2: いきなりの挑戦ー5 Obstructions

フィルムスクール2週目。

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5 Obstructions

 

今週は導入授業として、それぞれが監督、撮影、音響、脚本、演技を日替わりで担当し、制限時間2時間以内にグループで1分のショートフィルムを作るという課題が出た。

(先生たち曰く、普通のフィルムスクールでは映画を実際に撮らせてもらうまでに短くても半年くらい座学を受けてからというのが普通らしい……)

 

しかも、毎日日替わりでobstruction(障害物、制約)がある。それは「導入、つなぎ、エンディング」の流れをつけることだったり、ノンバーバル(セリフを使ってはいけない)だったり、スクリーンに映し出されない音で何かを表現することだったり、また別の日はカメラを動かしてはいけなかったり…と様々。

 

今週の気づき

メモ書きより

  • 音は見えないもの(スクリーンに映っていないもの)も表現することができる
    (心情、ムード、水中の中のサメなど)
  • 伝えたいことを表現するには監督にならなきゃって思っていたけど、(フィクションだったら)実際に私がやりたいのは脚本のほうっぽい。

  • Acting(演技)は誰かを演じるのではなく、自分の経験を通して得た自分の中の感情を再現すること。

  • 感情を身体を使って表現するのは、戸惑いや恥ずかしさもあったけど、自分の感情に素直になれるのは気持ちいい(ヨーロッパの学生と比べて、自分が普段いかに表に出さぬようにしているかが判明した。特に怒りなどのネガティブな感情。)

  • 映画は映像50%、音響50%の世界だということ。
  • Feel safe(安心感)。 先生の言葉。これがあって初めて、周りを信頼し、新たなことに挑戦できる。本当にその通りだなって思った。色々思うようにいかないことばかりで焦りもあるけど、まずは本当にfeel safeできるようになることを目指してみよう。

  • 英語の壁。圧倒的に映画関係の語彙がない(take [撮影ショット]とshoot [撮影期間]とか、それっぽい意味はもちろん分かるんだけど一体どう違うの?みたいな感じ)。加えて細かい動きとか、配置とかの指示が分からない&できない。あと、感情を細かく描写できない。
  • この学校、英語を母国語とする人はほとんどいないはずなのに、みんなネイティブ並みなのは何故?デンマークを始め北欧の国々は母国語の娯楽に乏しいから幼少期から英語の番組を見てきたようだけどそれだけでここまでなれるのかと思うと複雑(ま、言語的な近さもあるだろうけど、でもドイツ人の「英語ができる」の比じゃないくらい英語がみんなできる)。
  • ルールに忠実。実はとある日の私のグループの撮影担当がSDカードの初期化をせずに撮影をしてしまった。容量が余っていたので記録はできていたのだけれど、ルールを守っていなかったから当日夜の上映会では上映してもらえなかった(私たちの作品として、SDカードの最初に残っていた前のグループの映像が代わりに流れた)。このことに関して言い訳や甘えは一切なし。でも、先生たちは決して怒っている訳ではない。「これで次は間違いを犯さないね」と言っただけだった。間違いには寛容だけど、見逃してくれるわけではない。痛みをしっかりと味わうことになる。でも責めるようなことはしない。日本みたいに体裁を整えることを優先した り、傷つかないように先回りしたりもしない。なんかこの対応がとても新鮮だった。

  • 人との距離の近さに慣れない。学生も先生も、先生の家族もみんなキャンパス内に住んでいるからオンとかオフという概念はない。24時間一緒。みんな優しすぎるくらい優しいのだけど、もうちょっと一人になれる時間が欲しい。いや、もっと近くなってそれを心地よく思えるようになれたらいいのかもって思う。
  • 週末はパーティーだらけ。もっとゆったりとした生活を想定してたけど、やっぱり年齢的にみんな大学生だもんね。若い(笑)。ざわざわした環境でのおしゃべり&ダンスはしんどい。ゆっくり落ち着いた環境で飲みたい。

 

今後の流れ

 

3週間の授業の後に2週間の撮影期間があって5週間で1つのクラスが完結する。これが冬休み開始までに3回繰り返される。この期間をベーシックコース期間と言うようだ。

休みが明けるとアドバンスコース期間に突入する。アドバンスコース期間は1つのクラスが3週間で取れるクラスは2つ。これと並行して別のプロジェクトもあるらしい。

アドバンスコース期間も終わると今度は実際に2ヶ月かけて映画を撮影する。

途中で映画祭に行ったり、他のイベントもあるようだけど、全体的にはこんな1年を過ごすことになる。

 

そしていよいよ明日からベーシックコース期間の1つ目の授業が始まる。

第一希望はDocumentary Directing(ドキュメンタリー監督)だったんだけど1度に10人しか取ることができないので、第二希望として出したEditing(編集)のクラスを最初に受講することになった。

ちなみに提供されているクラスは、フィクション監督、ドキュメンタリー監督、カメラ、照明、編集、音響、脚本、演技、プロデューシングの9つ。この中から3つを選ばなくてはいけない。

正直、どのクラスを取るべきかはかなり悩んだ。もともと、ドキュメンタリーを作れるようになるためにこの学校に来た。でも、ドキュメンタリー製作にはいろんな要素が絡むし(カメラの技術も、編集の技術も必要)、さらにはドキュメンタリーじゃなくても(いや、むしろドキュメンタリーじゃない方が)伝えたいことが届くのかなという気もしてきたからだ。

ま、ともあれ、明日から5週間はみっちりと編集を学ぶことに決まったので、まずは編集に集中しようと思う。

Week#1: 「対話」が散りばめられた空間と時間

フィルムスクール第1週目。

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(学内のシアター)

 

フォルケホイスコーレは時間にゆとりがあるスケジュールだと聞いていたが、実際には休む間もあまりないくらい行事がぎっしり。お陰で時差ボケも1日で治ってしまった。

 

今週は映画製作らしいことは特に何もなく、学校やクラスについてのガイダンス、クラスミーティング(15人の学生と1人の先生のグループでの話し合い)、エーベルトフトの市内散策、ビザ関係の手続き、ウエルカムパーティー、森を散策しながら原体験を語り繋ぐアクティビティーがあった。そして空き時間には自由参加の映画のスクリーニング(上映会)。

 

話には聞いていたけれど、本当に「対話」が大切にされているんだなーって実感。

 

円形にレイアウトされた外の椅子や、ダイニングホールを中心とする校舎のレイアウト(どこへ行くにもここを通る必要があるようになっている)からもそれは明らかだし、ダイニングホールにはいつでも飲み物が自由に飲めるようになっていたり、予定と予定の間には15分程度のなんとも中途半端な休憩時間がある。自然と対話が生まれるようにハード面でもソフト面でも工夫されているようだ。

 

もちろん、全ての学生(120人)が学内の寮に住んでいるし、先生方とその家族も学内のアパートのような家に住んでいる。先生の子供達は学内を走り回っていたり、抱っこしながら前で話している姿も見かけた。

 

中でももっともフォルケホイスコーレらしいなと思ったのは、朝5時に学校をバスで出発して日の出が拝める森へ向かい、そこでペアを組んでお互いの原体験を語り合うというアクティビティー。お互いに語り合えたところで、今度はペアの相手のストーリーを別の誰かに伝えていく。これはお互いを知るためだけでなく、映画製作において伝えたいことを伝えるための練習でもあるんだとか。2人で話していると会話のようにどんどん話が横に広がっていく。それをうまく纏め上げて「伝えたいこと」を伝えるにはどの情報にフォーカスし、どの順番で出すのかいいのか?

 

英語力不足もあってなかなか難しかったけど(深い話をするだけの語彙がなさすぎて、細かい感情の動きとか全然説明できなくてショック)、なんかこういう時間ていいなーって思った。

 

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(突如現れたポニー)

 

キャンパス内で随時発生するスモールトーク(世間話)はやっぱり苦手だし疲れちゃうけど、深い話は楽しい。ん?ということは、スモールトークを無理やり膨らませて深い話にしちゃえばいいのかも、なんて思ったり。

 

私は人に関心が持てないから、本音で話せる限られた友人以外とは社交を避けてしまうんだと思っていたけど、本当はそうじゃないのかもしれない。

 

初対面だったり、あまり知らない相手だったり、或いは大人数だったりすると根掘り葉掘り聞くことに抵抗があって、どうしても当たり障りのない会話になってしまうのが嫌なんだ。

 

面白いことに気づけた。実際のところ、人は根掘り葉堀り聞かれることにどれだけ抵抗があるんだろうか?

 

例えば街を歩いていていきなりそんな話をされたら戸惑ってしまうと思う。でも同じ学校の生徒だったり、なんらかの同じ集まりに参加している人から聞かれても、別に嫌な気はしないし、むしろ関心を持ってもらえて嬉しいと感じると思う。

 

これからはもうちょっと踏み込んだ話をしてみようかな。

ハリネズミにハマる

母が以前行ってよかったというので、一緒に高崎のハリネズミカフェへ。

www.dan-b.com

 

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写真で見ていると、確かにかわいいけどなんか痛そうだな(笑)って感じ。

ちょっと怖いなって思ってた。

 

 

その日は他にお客さんもいなかったので、3匹のハリネズミさんと触れ合うことができた。

 

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なんか、もうかわいくて、かわいくて。

見ているだけでうっとり。癒される。

デンマークに行く予定さえなければ我が家にお迎えしたいくらい好きになってしまったのだ。

仕方ないので、このお店のオーナーのインスタ(http://instagram.com/harihousebokunchi)を見て癒されてます。笑

 

 

最初はなんか怖そうって思っていたんだけど、実はハリネズミさんはとっても臆病な動物なのだとか。ハリネズミのハリは実は攻撃するためのものではなくて、身を守るためのものらしい。

 

そして、ハリネズミはネズミではなく、モグラに近い動物で目があまり見えない。だから匂いにとても敏感なんだとか。触れ合う前にハリネズミさんの近くに手を入れて人間の匂いに慣れさせてあげると安心するんだそう。

 

でも扱いに慣れてないせいか、気をつけていてもハリネズミさんを怖がらせてしまい瞬間的にハリがピクんって立つ時があった。確かに痛いんだけど、なんかごめんって思っちゃって。ハリにめげずに手の匂いを嗅がせてあげると安心するみたい。

 

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素直に怖いと全身で訴えかけてくる姿が愛おしいというか、素敵だなって。

 

私は気持ちや思ってることを遠慮なく素直に表現している存在に弱いのかもしれない。「ぐでたま」に惹かれたもそうだったなって。

 

 

 

実は数日後に、東京のハリネズミカフェや群馬の別のカフェにも行ったのだけれど、そこにはお客さんが交流しやすいように革手袋があった。

 

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確かに革手袋をはめれば痛くないし、限られた時間内にたくさん触れるかもしれない。でも、ハリネズミさんは怯えているんだろうなって思ったらかわいそうになってしまった。

 

 

あんまり動物が好きな方ではないけれど、ハリネズミとはいつか一緒に暮らしたいなー。。。

私がやりたいのはやっぱり移民・難民「支援」じゃない

「移民」について学ぶ上でずっと抱えていた違和感。

 なぜ、移民は「移民『問題』」として語られるのだろうか?

なぜ、「良い・悪い」、「賛成・反対」という構図なのだろうか?

 

彼らは弱い存在なんかじゃ、決してなくて。

私は彼らを助けて「あげられる」ような強い存在でもない。

 

 

私のやりたいこと。

 

それは、上から目線で彼らの生活の支援をすることじゃなくて、移民と同じ方向を向いて、一緒に目標を実現していくこと。同じ将来を見つめていくこと。

 

つまり、国を超えて「生きる」 ことと真剣に向き合うこと。 自分の人生をしっかり生きること。その生き様で、そっと誰かを勇気付けられたら嬉しい。私がそうしてもらったように。

トーキョーノーザンライツフェスティバル北欧映画サマーミーティング

 

UP LINK渋谷で行われた北欧映画の魅力を探るイベントに参加してきた。魅力、の前に、「そもそも北欧映画とはどんなジャンルなのだろう?」という初心者過ぎる疑問とともに。笑

 

こんな感じなので、デンマークのフィルムスクールに行くと決めたのはもちろん北欧映画の制作が学びたい、というわけではなく(そこまで考えていなかった……)、デンマークのフォルケホイスコーレで学びたかったからという理由。「自分自身」や「生きる」ということに向き合う教育を受けてみたかったのだ。

 

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トーキョーノーザンライツフェスティバル 北欧映画サマーミーティング - イベント | UPLINK

 

トークセッションを終えて、ふと気づいたこと。北欧映画の魅力って、フォルケホイスコーレの魅力と一緒だということ。ビックリ!

 

デンマークをはじめ北欧の国々は、「生きる」ということにとってもまっすぐ。まだ実際に住み始めた訳じゃないけど、これってとっても素敵だなと思うのです。

 

北欧映画はハッピーエンドではなくて、思わず目を背けたくなってしまうようなダークな話が多いのだとか。でも、だからこそ鑑賞する人を引き込む力もあるのだと思う。

 

9月からデンマークのフィルムスクールへ留学します

 

3月末に応募していたデンマークのフィルムスクールからついに合格通知が届いた!

 

この決断に至るまでの道のり

 

 

ドイツに来る前は、実は大学院に進学しようと準備を進めていた。

 

分野は大学で専門にしていた移民学。アメリカの教育制度の中で学んでいたせいもあって、ずっと学部生のときから漠然と最低でもマスター(修士)までは取らないと、って思ってた。一時期はドクター(博士)まで取ろうかと考えたこともある。

 

 

大学院でやりたかったのは移民のアイデンティティーと幸福度の研究。というか、自分の中で持論があって、それを証明したかった。自分を「正しい」と認めてくれるものを求めていた。

 

ちょうど去年の今頃。仕事も、私生活も、社会的にもいろんな変化があった時期で、感動したり、吃驚したり、怒ったり、悲しかったり、とにかく感情の起伏が激しかった。わーっていろんなものが溢れてきて自分でもどうしたら良いか分からず。

 

行きづまり感を感じていた仕事。

当時通っていたコーチングスクール。

ブレグジット(イギリスのヨーロッパ離脱)。

 

 この3つが複雑に絡み合って、ポツリとでた言葉。

 

「違う!この道じゃない!大学院へ行っても自分のやりたいことはできない!」

 

そう思うに至った理由の根っこの部分を当時はうまく説明できなくて、自分でも良くわからなくて、とりあえず後付けのそれっぽい理由を並べてた。もちろんそれらも本当の理由なのだけど。でも「何でだろう?何でだろう?」って必死に考えて頭の中から絞り出した理由だった。

 

 

それでも、「大学院じゃなければ一体何なのか?」という部分がどうしてもはっきりと分からなくて、移民の流入が激しいドイツに一旦身を置いて考えてみようと思い立ってベルリンまでやってきた。データや文献からだけじゃなくて、ちゃんとそこにいる「人」(移民・難民・支援者・排斥を唱える人など)と向き合おうって。そしたら何か見えてくるんじゃないかなって。

 

 

そしてベルリンに来て半年ほど経った頃、やっと分かった。というか、ドイツに来る前からうっすら気づいてたのかもしれない。やっと自分の気持ちを認められた。

 

表現することで人と繋がりたい

 

とてもシンプルな答えだった。

表現者として生きる人に憧れを抱いていた。

自分が経験したこと、学んできたこと、感じていること、を表現したかった。

 

でも私は素直にそうするだけの自信がなかった。否定されることが怖かった。

だから、大学院という場で「もっと知識を吸収しよう」、そうすれば「価値ある自分になれる」と思っていたのだと思う。

 

そんな経緯で、表現することで人と繋がるための「手段」を手に入れたいと思って方法を模索した結果が、デンマークのフィルムスクールへ進むことだった。

 

 

表現の手段として「映画」を選んだわけ

 

 

色々あるけれど、映画製作を視野に入れ始めたきっかけは「即興」という環境が苦手だったから。緊張もするし、短時間でうまく想いをまとめることができない。以前はこれを克服したいって思ってたんだけど、一度この現実を受け入れてみることにした。「そんな自分でもいい」って。

肯定したら、「即興」ではない表現の道が見えてきた。ベルリンにいる表現者(アーティスト)をよく見てみると、彼ら全員がライブパフォーマンスをしている訳ではなかった。中には数カ月から数年をかけて自分の中に秘められて想いを形にして、出来上がったものを公開している人もいることに気づいた。当たり前かもしれないけど、出来ないことにばかり集中していたせいで見えていなかったのだ。

映画なら、時間をかけて想いを表現できるんじゃないかなって。今の目標(ゴール)は、移民とローカル(現地人)の「同質さ」にフォーカスしたドキュメンタリーを撮ること。人って、違うと思っていたものの中に「同じ」を見つけ、登場人物に自分を重ね合わせた時に見る世界が変わるんじゃないかなって思うから。そしてこのことはまさに当時16歳の私が移民に興味を持ったきっかけでもあるから。

シリア難民によるベルリンウォーキングツアーに参加して自分を振り返る

非営利団体Refugee Voices Toursが主催する、Why We're Here: A Walking Tour in Berlin(なぜ我々はここにいるのか:ベルリンウォーキングツアー)に参加してきた。 

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このツアー、結構前から興味を持っていたのだけれど、開催日である土曜日にバイトが入ることが多いのを言い訳に参加を先延ばしにしていた。もちろん、バイトは表向きの理由で、本当は知らない人たちの輪に飛び込んでいくのを躊躇っていたから。

 

でも、「怖がっていたらダメだよね」って思って、意を決して参加してきた。そしたら思いがけないメッセージを頂くことに。

 

ツアー概要

 

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15名程度のグループでベルリン市内中心部(Mitte)の歴史的スポット4箇所を徒歩で巡る。ベルリンの歴史とシリアの現状とを重ね合わせながら、タイトルにあるWhy we are here(なぜ我々はここにいるのか)を考える約2時間の旅。

案内してくれたのは、去年の5月にベルリンへ難民としてやってきたEyas Adiさんという男性。ちなみに私と同じ1988年生まれだそう。

 

つい最近、アメリカのABC Newsでも取り上げられたんだとか。

abcnews.go.com

ここからツアーの様子がよく分かる動画(英語)が見られるのでおすすめ。

 

ベルリンとシリアの共通点、とそこから私が考えたこと

 

ベルリンも暗い歴史をもつ都市ではあるけれど、シリアとの共通点という視点でとらえたことはなかったのでとても新鮮だった。

 

トポグラフィー・オブ・テラー(ゲシュタポ本部跡地)

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ここはナチスの残虐な行為が記録された写真を多数展示している。

 

ここでAdiさんは、言論の自由が認められていないシリアの現状を語ってくれた。

 

 ある日、村のとある子供がふとISを批判する発言をしてしまったらしい。それが「いけないこと」という認識すらないような幼い子供だという。子供なら誰しもが成長過程で犯してしまうような過ち。

 

でも、この一件は「子供の過ち」では済まされなかった。その子供は身柄を拘束されてしまった。さらにその親も捕まって、拷問を受け、結果として殺害されてしまった。

 

まさにドイツのナチス時代に起こっていたことが、歴史としてではなくて、現実として今日のシリアにはあるのだという。

 

 

チェックポイント・チャーリー

 

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ここは、第二次世界大戦後の冷戦期にベルリンが東西に分断されていた時に東西境界線上に置かれていた国境検問所。当時のベルリンでは、よりよい暮らし・よりよい将来を求めてこの一線を越えようとする人が大勢いたらしい。

 

シリア難民も一緒で、本当はシリアで平和に暮らしたいけれど様々な事情でシリアで将来を思い描くことができなくなった人が、文字通り命がけで起こした行動が「難民になる」という選択なのだ。

 

Adiさんも本当ならシリアで家族と一緒に平和に暮らしたいと言っていた。戻れるものなら戻りたいとも。でも、兵役の関係でこれ以上シリアにいると徴兵されてしまう。赤十字で働いていた彼にとって兵士として生きることは死と隣り合わせであること以上に、自分の信念を失う事でもあった。このような状況下で生きる為に難民としてドイツへ渡るという苦渋の決断をしたのだという。

 

この話を聞きながら、私は自分がアメリカで移民に興味を持ったきっかけを思い浮かべていた。

 

私は16歳(高校1年生)でアメリカへ行くまでずっと日本で学校生活を送ってきたのだが、基本マイペースで、みんなが好きなアニメ・漫画・アイドルには全く興味がなく、さらに体育や音楽が苦手(嫌い)だった。そんな変わり者の私には、ありのままの自分でいられる居場所がなかった。陰湿ないじめには遭わなかったものの、揶揄われたり、自分を分かってもらえなくて辛かった。入りたい部活なんてなかったし、体育祭や合唱祭などの学校行事の度に肩身の狭い思いをした。無理に話を合わせる術を身につけて友達の輪の中にはいたけれど、とにかく毎日がつまらなかった。

 

こんなバックグラウンドを抱えて渡米した私には、アメリカ生活は天国だった。カリフォルニア州サンフランシスコ郊外という場所柄、私の周りにいた人はアメリカ以外の国にルーツをもつ人(移民)ばかりだった。私は当初、「アメリカ人」にならなきゃと必死だった。周りの人に同化することでしか自分を保てなかったからだ。でも、私が思い描いていた「アメリカ人」という型なんて存在しなかった。みんな多様すぎたのだ。

 

移民は私に「自由に生きること」を教えてくれた大切な存在。Seeking a better life(よりよい生活を求める)のために起こした彼らの決意や行動(自国を離れること)がとてもかっこよかったのだ。生きることに本気な人たちだと思ったんだ。

 

もちろん、国際移住だけが本気で生きる手段ではない。ただ、移民に救われた私はやはり、過去の自分と同じように自分を殺して苦しい思いを抱えながら生きる人を減らしたいし、なんらかの形で生きる希望をくれた移民に恩返しがしたい。それが、「誰もが自分らしく在れる社会の実現」を目指す理由。

 

迫害から逃れるために止むを得ず故郷を離れる決断した難民。

発展途上国から先進国へビジネスチャンスを求めて移住する経済移民。

そして最近日本人や経済的に豊かな国の人に多くみられる、精神的豊かさを求めて別の地へ移り住む文化移民。

みんな、自分の人生を自らの手で創り出していくことに本気。

彼らのように自分の気持ちに真っ直ぐに生きるにはどうしたらいいのか?

彼らのために、私ができることはなんだろうか?

私と同じように苦しみを抱えて生きる人にできることは何だろうか?

 

こんなことを途中で考えながら歩いていた。

 

 

Why we are here?

 

ツアー全体を通して、

なぜ難民が生まれてしまったのか?

なぜ避難先がヨーロッパ(ドイツ、ベルリン)なのか?他のイスラム圏ではないのか?

なぜ今日こうやって話をしているのか?

という疑問に対する答えが散りばめられている貴重な時間だった。

 

とりわけ、最後のAdiさんがこのツアーに携わっている理由が衝撃的だった。

”I don't want you to let the fears control you and your life.”
(恐怖に自分と自分の人生を支配されないで欲しい。)

 

なぜなら、恐怖は全てを壊してしまうから。平和も、希望も、未来も、何もかも。ベルリンやシリアのこれまでを振り返ってもそれは明白でしょ?って。この言葉を聞いたとき、みんなの目がうるうるしてた。

 

めちゃくちゃ説得力がある。そして、恐怖を恐れて何もしないのはもっと怖いことなんだって思った。

 

そして、たいてい私が自分を見失って苦しむのは、怖がっているときだってことにも気づいた。否定されたり、傷つくことを恐れて、逃げているとき。

 

これで対処法が一つ身についた気がする。物事がうまくいかなくなったり、八方塞がりになったとき、防衛線を張るのではなくそこから一歩踏み出してみよう。怖いけれど。怖くてもやるんだ。

 

 

このツアーはシリア人にとってのWhy we are hereなのではなく、参加者を含めてのWhy we are hereなんだろうな、きっと。

 

 

 

怖がらないで、世界を変えていって欲しいという彼の想い。忘れずにいようと思う。

 

 

 

 

このツアーに興味を持ってくださった方へ

 

毎週土曜日の15:00〜開催されているので是非参加してみてください。案内してくれるシリア難民の方はご自身の経験を交えながらお話ししてくださいます。参加費は無料です(チップ制)。申し込みはFacebook経由で受け付けています。

https://www.facebook.com/refugeevoicestours

 

また、私もまだ参加していないのですが、デンマークコペンハーゲンでも同団体によるツアーが開催されています。

https://www.facebook.com/Rvoices.tours

 

29歳になりました

ついに20代最後の年齢になっちゃいました。は、早すぎる。

 

そしてドイツで迎える誕生日。何か特別なこと(旅行とか)をしようかとも思ったけど、ゆっくりとベルリンでこれまでを振り返って、これからを考える1日になりました。

 

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なんとなく自然に触れたくて、何にもないところに行きたくて、ベルリンにある標高わずか120mの山へ。

 

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ベルリンにこんな森があるなんて!

ただ、この山、自然のものではなく、瓦礫を埋め立てて作られたそう。

 

だからところどころにこんなものが埋まっている。

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そしてあっという間に頂上へ。所要時間、徒歩10分。

 

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自由に走り回るダルメシアン

 

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30歳の自分。どこで何をしているんだろうか?

28歳の自分は、29歳の自分がドイツにいるなんて思わなかった。

27歳の自分は、28歳の自分が東京でシェアハウスに住んで、大学で働いているなんて思わなかった。

26歳の自分は、27歳の自分が会社から突きつけられた重たい宿題を背負いながらフィンランドで教育と自分の今後について考えてるなんて思わなかった。

25歳の自分は、26歳の自分があと5年、その当時働いていた会社でコアとなってやっていくなんて言い出すと思っていなかった。

24歳の自分は、25歳の自分が日本で再度一人暮らしをし、正社員として働いているなんて思わなかった。

23歳の自分は、24歳の自分が地元に戻ってきているなんて思わなかった。

 

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29歳。ニクを食べてるだけじゃなくて笑、もっともっと本質と向き合える1年にしたい。自己理解を深めたい。怖がらずにいろんなことに挑戦したい。

上級者の谷間でもがく

ふと目にした東京都池袋にある英会話教室のHPに掲載されていたこちらの記事を読んで、ずっと抱えていたモヤモヤがすっきり。その記事によると英語学習には、初級者の森、中級者の丘、上級者の谷という壁がそれぞれあるのだとか。

 

それでこれが「上級者の谷」の内容:

TOEICで900位からこのエリアです。多くの洋画が字幕なしで楽しめるし、海外のネットの英語も大体読めます。仕事では普通にネイティブと英語で会話して、時には通訳も任されます。日本で英語を学ぶ人の5%位の人だけがたどり着ける場所でしょう。ここまで来ると英語のわからない方から見ると、英語ペラペラです。

 

しかし本人から見ると、益々自分の英語力のなさを嘆くこととなります。中級者であれば、「英語上手ですね」と言ってくれたネイティブも、遠慮なくナチュラルスピード&スラングで普通に話しかけてきて、聞き取るのが大変になります。要求される英語力が中級者の頃とは段違いに高く求められます。こまかなニュアンスを表現したくても、上手く言えなくて自分の英語にイライラしたりします。

 

(中略)

 

英語を話していても楽しくなく、ひたすら自分とネイティブとの隙間を埋める作業が続きます。一つの谷を渡るとまた次の谷がやってきます。そしてその谷は終わりなく続くのです。中級者の丘は、アップダウンが激しく自分が成長しているかが分からず悩むのですが、上級者の谷ではいくら谷をわたってもネイティブの世界に辿りつけないことに悩みます。必要な勉強量は実は初心者、中級者の頃より逆に増えます。例えば、初心者が必要な英単語は約3000語(高卒レベル)、中級者は約8000語(TOEIC満点レベル)ですが、ネイティブの語彙力は大卒で大体25000語と言われていますので、この英単語の隙間だけでも2万語弱を埋めなければなりません。それでも英単語はやるべきことがはっきりしているだけ実はマシです。句動詞や口語表現(言い回し)などは学習が極めて大変で、どう勉強したら良いかすらわかりません。上級英文法はそれほどないのでまだ楽とは言え、「ロイヤル英文法(約800ページ)」程度の理解は必須です。このように勉強量が逆に一気に増えるのです。しかし働きながらこの勉強時間を確保するのは非常に困難です。勉強時間がないことに悩むのはどのレベルでもおなじですが、実は最も切実に悩むのは上級者なのです。

引用元:英語学習者のたどる道

(初級者の森と中級者の丘についても、こちらのサイトに詳しく書かれているので是非読んでみてください。)

 

あ、できなくって当然なんだね。なんだかとっても安心した。

 

私は交換留学のお陰もあって高校生までは英語が得意だった。県の英語のコンテストや全国模試で表彰されたこともある。でも、全部の授業が英語で行われる大学へ進学してからは、それまで自分を守ってくれた英語がいきなり自分を苦しめるものとなった。

 

高校時代までは「ネイティブじゃない」という言い訳が通用する世界だった。でも、大学はネイティブであろうとなかろうと同じ条件で戦わなければならなかったから。

 

今思えば同じ土俵に立てるようになったこと自体も「成長」な訳だけれど。当時は本当に苦しかった。それまで「できなかったこと」が「できるようになった」という経験はしてきていたけれど、「できていたこと」が「できなくなった(ように感じた)」のは初めただったからどうしたら良いのか分からなかった。お年寄りが年齢を重ねるにつれて身体機能が衰えるときってこんな気持ちなのかなって怖くなった。

 

そして一旦はネイティブレベルの英語力が求められる世界から身を引いた。数年のブランク期間を経て再度英語圏の大学院への進学を考えるようになり、再度自分の英語力と向き合わざるを得なくなった(結局、英語以外の理由で大学院へは行かないことになったのだが)。

 

その当時、よく言われたことがある。「なんでネイティブのようになりたいの?」と。完璧主義傾向があり、「できないならやらない」モードだった私には必要な問いかけだったのかもしれない。そのお陰で、間違えることに対する嫌悪感が和らいだから。

 

そして英語をやり直す中で、実はネイティブを目指すのはやめようって思ったこともある。先ほどの問いを何度も自分に問いかける中で、私にとって英語は周りから認めてもらう為の手段だったのかもしれないって気づいたから。承認欲求を満たしたかっただけなのかもって思ったから。

 

でも、やっぱりネイティブのようになりたい。日本語のように英語を操りたい。ちなみに日本語も磨きたい。そこに承認欲求がないことは完全に否定できないけれど、それ以上に強い自己表現欲求。こっち(ベルリン)の友人が、普段ドイツ語では伝えきれないことがいっぱいあるから、日本人を見つけるとついたくさん話し過ぎてしまうと言っていた。私も同じように、これまでずっと表現することを避けてきた反動なのかな?

 

その表現欲求を満たしたくて、4月から映像翻訳の勉強と英文校正(添削)の仕事を始めた。

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この先、ネイティブレベルに到達できるかは分からない。でも徹底的に谷間でもがく過程を楽しもうって思ってる。

 

スペイン巡礼(カミーノ・デ・サンティアゴ)

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キリスト教三大聖地の1つ、サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す旅。

約800km程の巡礼路を1か月ちょっとかけて自分のペースで歩く。スペイン版お遍路。

 

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このホタテマークの矢印に沿って歩いていく。

 

ふとした拍子に複数のソースから知ったスペイン巡礼。調べているうちに「行きたい!」って気持ちがどんどん強くなった。ちょっと前の自分だったらありえないこと。

 

 

綺麗な景色をみてみたい。

スペインの美味しいタパスやワインを味わいたい。

いろんな国からいろんな思いとともに来た人と交流したい。

運動することが嫌いな自分に挑戦したい。体力をつけたい。

歩きながらいろんなことに思いを巡らせたい。

くったくたに疲れ切って空っぽになったところに、自分の内側から何が溢れてくるのか知りたい。

 

 

そして、一番大切なこと。

スペイン巡礼に限らず、「やりたいこと、しよう!」

巡礼に思いを馳せているうちに、不思議とそう思った。

実はいっぱいある。やりたいと思ってできていないこと。

いや、恥ずかしながら実はドイツに来てからほとんどできていないのだ。

時間の問題だったり、金銭的な問題だったり、飛び込む勇気がなかったり(←多分これが一番大きい)理由は様々だけど、「まあ、いいか」と簡単に諦めたり後ろ伸ばしにしてきた。いろんな言い訳をして、見て見ぬ振りをしてきた。

 

ドイツ滞在も残すところ、あと2ヶ月ちょっと。

2か月後にどんな自分に会いたいか、そんな自分に会うために今日の自分は何ができるのか、ちゃんと考えようと思った。