Yasuhabitat

ー自分に還るための場所ー

29歳になりました

ついに20代最後の年齢になっちゃいました。は、早すぎる。

 

そしてドイツで迎える誕生日。何か特別なこと(旅行とか)をしようかとも思ったけど、ゆっくりとベルリンでこれまでを振り返って、これからを考える1日になりました。

 

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なんとなく自然に触れたくて、何にもないところに行きたくて、ベルリンにある標高わずか120mの山へ。

 

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ベルリンにこんな森があるなんて!

ただ、この山、自然のものではなく、瓦礫を埋め立てて作られたそう。

 

だからところどころにこんなものが埋まっている。

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そしてあっという間に頂上へ。所要時間、徒歩10分。

 

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自由に走り回るダルメシアン

 

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30歳の自分。どこで何をしているんだろうか?

28歳の自分は、29歳の自分がドイツにいるなんて思わなかった。

27歳の自分は、28歳の自分が東京でシェアハウスに住んで、大学で働いているなんて思わなかった。

26歳の自分は、27歳の自分が会社から突きつけられた重たい宿題を背負いながらフィンランドで教育と自分の今後について考えてるなんて思わなかった。

25歳の自分は、26歳の自分があと5年、その当時働いていた会社でコアとなってやっていくなんて言い出すと思っていなかった。

24歳の自分は、25歳の自分が日本で再度一人暮らしをし、正社員として働いているなんて思わなかった。

23歳の自分は、24歳の自分が地元に戻ってきているなんて思わなかった。

 

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29歳。ニクを食べてるだけじゃなくて笑、もっともっと本質と向き合える1年にしたい。自己理解を深めたい。怖がらずにいろんなことに挑戦したい。

上級者の谷間でもがく

ふと目にした東京都池袋にある英会話教室のHPに掲載されていたこちらの記事を読んで、ずっと抱えていたモヤモヤがすっきり。その記事によると英語学習には、初級者の森、中級者の丘、上級者の谷という壁がそれぞれあるのだとか。

 

それでこれが「上級者の谷」の内容:

TOEICで900位からこのエリアです。多くの洋画が字幕なしで楽しめるし、海外のネットの英語も大体読めます。仕事では普通にネイティブと英語で会話して、時には通訳も任されます。日本で英語を学ぶ人の5%位の人だけがたどり着ける場所でしょう。ここまで来ると英語のわからない方から見ると、英語ペラペラです。

 

しかし本人から見ると、益々自分の英語力のなさを嘆くこととなります。中級者であれば、「英語上手ですね」と言ってくれたネイティブも、遠慮なくナチュラルスピード&スラングで普通に話しかけてきて、聞き取るのが大変になります。要求される英語力が中級者の頃とは段違いに高く求められます。こまかなニュアンスを表現したくても、上手く言えなくて自分の英語にイライラしたりします。

 

(中略)

 

英語を話していても楽しくなく、ひたすら自分とネイティブとの隙間を埋める作業が続きます。一つの谷を渡るとまた次の谷がやってきます。そしてその谷は終わりなく続くのです。中級者の丘は、アップダウンが激しく自分が成長しているかが分からず悩むのですが、上級者の谷ではいくら谷をわたってもネイティブの世界に辿りつけないことに悩みます。必要な勉強量は実は初心者、中級者の頃より逆に増えます。例えば、初心者が必要な英単語は約3000語(高卒レベル)、中級者は約8000語(TOEIC満点レベル)ですが、ネイティブの語彙力は大卒で大体25000語と言われていますので、この英単語の隙間だけでも2万語弱を埋めなければなりません。それでも英単語はやるべきことがはっきりしているだけ実はマシです。句動詞や口語表現(言い回し)などは学習が極めて大変で、どう勉強したら良いかすらわかりません。上級英文法はそれほどないのでまだ楽とは言え、「ロイヤル英文法(約800ページ)」程度の理解は必須です。このように勉強量が逆に一気に増えるのです。しかし働きながらこの勉強時間を確保するのは非常に困難です。勉強時間がないことに悩むのはどのレベルでもおなじですが、実は最も切実に悩むのは上級者なのです。

引用元:英語学習者のたどる道

(初級者の森と中級者の丘についても、こちらのサイトに詳しく書かれているので是非読んでみてください。)

 

あ、できなくって当然なんだね。なんだかとっても安心した。

 

私は交換留学のお陰もあって高校生までは英語が得意だった。県の英語のコンテストや全国模試で表彰されたこともある。でも、全部の授業が英語で行われる大学へ進学してからは、それまで自分を守ってくれた英語がいきなり自分を苦しめるものとなった。

 

高校時代までは「ネイティブじゃない」という言い訳が通用する世界だった。でも、大学はネイティブであろうとなかろうと同じ条件で戦わなければならなかったから。

 

今思えば同じ土俵に立てるようになったこと自体も「成長」な訳だけれど。当時は本当に苦しかった。それまで「できなかったこと」が「できるようになった」という経験はしてきていたけれど、「できていたこと」が「できなくなった(ように感じた)」のは初めただったからどうしたら良いのか分からなかった。お年寄りが年齢を重ねるにつれて身体機能が衰えるときってこんな気持ちなのかなって怖くなった。

 

そして一旦はネイティブレベルの英語力が求められる世界から身を引いた。数年のブランク期間を経て再度英語圏の大学院への進学を考えるようになり、再度自分の英語力と向き合わざるを得なくなった(結局、英語以外の理由で大学院へは行かないことになったのだが)。

 

その当時、よく言われたことがある。「なんでネイティブのようになりたいの?」と。完璧主義傾向があり、「できないならやらない」モードだった私には必要な問いかけだったのかもしれない。そのお陰で、間違えることに対する嫌悪感が和らいだから。

 

そして英語をやり直す中で、実はネイティブを目指すのはやめようって思ったこともある。先ほどの問いを何度も自分に問いかける中で、私にとって英語は周りから認めてもらう為の手段だったのかもしれないって気づいたから。承認欲求を満たしたかっただけなのかもって思ったから。

 

でも、やっぱりネイティブのようになりたい。日本語のように英語を操りたい。ちなみに日本語も磨きたい。そこに承認欲求がないことは完全に否定できないけれど、それ以上に強い自己表現欲求。こっち(ベルリン)の友人が、普段ドイツ語では伝えきれないことがいっぱいあるから、日本人を見つけるとついたくさん話し過ぎてしまうと言っていた。私も同じように、これまでずっと表現することを避けてきた反動なのかな?

 

その表現欲求を満たしたくて、4月から映像翻訳の勉強と英文校正(添削)の仕事を始めた。

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この先、ネイティブレベルに到達できるかは分からない。でも徹底的に谷間でもがく過程を楽しもうって思ってる。

 

スペイン巡礼(カミーノ・デ・サンティアゴ)

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キリスト教三大聖地の1つ、サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す旅。

約800km程の巡礼路を1か月ちょっとかけて自分のペースで歩く。スペイン版お遍路。

 

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このホタテマークの矢印に沿って歩いていく。

 

ふとした拍子に複数のソースから知ったスペイン巡礼。調べているうちに「行きたい!」って気持ちがどんどん強くなった。ちょっと前の自分だったらありえないこと。

 

 

綺麗な景色をみてみたい。

スペインの美味しいタパスやワインを味わいたい。

いろんな国からいろんな思いとともに来た人と交流したい。

運動することが嫌いな自分に挑戦したい。体力をつけたい。

歩きながらいろんなことに思いを巡らせたい。

くったくたに疲れ切って空っぽになったところに、自分の内側から何が溢れてくるのか知りたい。

 

 

そして、一番大切なこと。

スペイン巡礼に限らず、「やりたいこと、しよう!」

巡礼に思いを馳せているうちに、不思議とそう思った。

実はいっぱいある。やりたいと思ってできていないこと。

いや、恥ずかしながら実はドイツに来てからほとんどできていないのだ。

時間の問題だったり、金銭的な問題だったり、飛び込む勇気がなかったり(←多分これが一番大きい)理由は様々だけど、「まあ、いいか」と簡単に諦めたり後ろ伸ばしにしてきた。いろんな言い訳をして、見て見ぬ振りをしてきた。

 

ドイツ滞在も残すところ、あと2ヶ月ちょっと。

2か月後にどんな自分に会いたいか、そんな自分に会うために今日の自分は何ができるのか、ちゃんと考えようと思った。

 

【立て直す力 Rising Strong】人は常に最善を尽くしているとしたら、自分は何をするだろうか?

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TEDの「傷つく心の力」のプレゼンを観て気になった、ブレネー・ブラウン氏の最新作『立て直す力』を早速Kindleにダウンロードして読み始めた。彼女は、人間の弱さと勇気、恥と信頼について研究しているヒューストン大学ソーシャルワーク大学院研究教授。

 

立て直す力 RISING STRONG 感情を自覚し、整理し、人生を変える3ステップ

立て直す力 RISING STRONG 感情を自覚し、整理し、人生を変える3ステップ

 

 

Rising Strong: How the Ability to Reset Transforms the Way We Live, Love, Parent, and Lead

Rising Strong: How the Ability to Reset Transforms the Way We Live, Love, Parent, and Lead

 

 

「うんうん」と頷きながら、他のことをそっちのけで読み切ってしまった。その中で一番心に刺さったことを紹介する。

 

「人は常に最善を尽くしている」

 正直、「そんな訳はない!」って思った。共感できるポイントばかりだったこの本の中で唯一「違う!」って思った。だって、そもそも自分が常に最善を尽くせているわけではないから。正直、疲れて手を抜くことだってあるし、後で振り返ってみてもうちょっと頑張れたんじゃないかって思うことばっかりだから。

 

でも、読み進めていくうちに、この考えが私を苦しめていたことにハッとした。

 

無意識のうちに、他の人に対しても「最善を尽くしていない」とジャッジしていたのだ。だから、誰かに対してイライラしたり、失望したりを繰り返してた。「他人は自分の鏡」とよく言われているように、自分の嫌な面を投影して誰かを嫌いになっているんだろうなってなんとなく気づいていたけど、どうしたら解決するのかわからなかった。

 

その解決策が「人は常に最善を尽くしている」(と仮定して考える)というもの。

 

目の前の相手の気に入らない行動も、全部彼らの「最善」。

自分の至らぬ点も、その時の自分の「最善」。

 

「最善」を尽くしている人に対して取れる行動は2つ。

・受け入れる、助ける:目の前の現実が「最善」ならば、他人に対してはもし自分にできることがあれば手を差し伸べる。

 

・諦める:目の前の現実が「最善」ならば、そしてそれを許容できないのであれば放っておくだけ。

 

「最善」を目の前にして、「相手を変える」という考えはないからだ。

 

一貫性のある自分でこのジャッジをするために、ちゃんと境界線を引いた方がいいとも書いてあった。それが常に自分を大切にするということに繋がるから。そして、相手に対して憤慨する代わりに共感さえできるようになるのだとも。

 

しばらくは自分に、「人は常に最善を尽くしている」と言い聞かせながら生活してみようと思う。

【人生がときめく片付けの魔法】断捨離気分

最近、整理整頓がしたくてたまらない。

ときめくモノだけに囲まれて生活したい。

 

人生がときめく片づけの魔法

人生がときめく片づけの魔法

 

 

人生がときめく片づけの魔法2

人生がときめく片づけの魔法2

 

 

英語版はこちら

The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and Organizing

The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and Organizing

 

 

これは私の断捨離バイブル。なぜか韓国滞在中にTVで近藤麻理恵(こんまり)さんを知って、それから大ファンに。あ、今気づいたんだけど、彼女も片づけを通して自分の哲学を広めてる人だ。私はきっとそういう存在に心惹かれやすいんだな、きっと。

 

彼女のメソッドはいたってシンプル。ものを一つひとつ手に取り、自分に「ときめくか」を聞いていく。イエスならキープ。ノーなら処分。そうすると、自分にとって大切なものだけに囲まれた、シンプルかつ豊かな生活ができるようになる、というもの。

 

ポイントは「使えるかどうか」ではなくて、「自分が使いたいかどうか」だということ。「ときめき」という言葉には、そんな意味が込められている。

 

今回、手をつけ(てしまっ)たのは、iCloud Drive上のデータ(ドキュメント系)

手元にあるデータで1番古いのが高校時代のだから、10年超のデータを断捨離して、時系列にファイリング。

そして設定をちょこっと変更したら、つ、ついに、所有している3台のパソコン(Mac2台、Win1台)のデスクトップとファイルが瞬時に同期されるようになった!やばい!めちゃくちゃ便利!

ついでにiPhoneからもパソコンのデスクトップやドキュメントフォルダ内のファイルが見える。

 

うわー、こんな日がくるなんて。夢みたいだ。ちょっと前に「こうだったらいいのに」って思ってたことが、今現実として目の前にある。す、すごい。

 

そして、溜まったデータの断捨離を終えてスッキリ気分。残ったものを改めて見返してみると、洋服や雑貨の片付けよりも、顕著に自分の価値観(大切にしていること)の反映されていてオモシロイ。

傷つく心の力

ふとTEDを見ていて見つけたこちらのスピーチ。

www.ted.com

 

うわー、私が怖がっているのって、まさにこれ。

「傷つくのが怖い」んだ。

 

自己開示の大切さとか、コンフォートゾーンを一歩踏み出した先にある可能性とか、実体験を経て分かっているはず。なのに、それなのに、躊躇してしまいがち。

 

Vulnerability(もろさや傷つく可能性のある状態)とちゃんと向き合いたい。

逃げることは自分を守ることにはならない。結局は、逃げ回る自分自身からは逃げられないのだから。

 

ドイツに来てからも、知らない人ばかりの集まりに行くのは気が重い。出来上がっている輪の中に飛び込んで行ったり、初対面の人に自分から話しかけるのを躊躇しがち。

実は、疎外感を感じたり、がっかりするのが嫌で(それを引きずる自分も嫌)、行こうと思っていたけど結局行かずじまいになってしまった集まりやイベントがたくさんある。

 

でも、やっぱりそれではダメだと思うのです。

 

思うだけじゃ変わらないので、この人の書いた本を読んで、もうちょっと向き合い方を具体的に考えてみる。

 

本当の勇気は「弱さ」を認めること

本当の勇気は「弱さ」を認めること

 

  

「ネガティブな感情」の魔法: 「悩み」や「不安」を希望に変える10の方法 (単行本)

「ネガティブな感情」の魔法: 「悩み」や「不安」を希望に変える10の方法 (単行本)

 

 

立て直す力 RISING STRONG 感情を自覚し、整理し、人生を変える3ステップ

立て直す力 RISING STRONG 感情を自覚し、整理し、人生を変える3ステップ

 

 

 

余談。

この人のスピーチスタイル、好きだなー。

 

All-One:マジックソープに込められた「世界はひとつ」の想い

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近所のドラッグストアで見かけて、日本でもコストコやロフトで見たことあるのを思い出した。テスターを使ってみたら結構好きかも?と思ったものの、ちょっとお高めだったので一旦保留にして、どんな商品なのかネットで詳しく調べてみることに(ドイツ語のパッケージを解読する力がないもので…汗)。

 

www.drbronner.jp

 

HPを見て知ったのだが、実は日本で愛用していたリップクリームがブロナー社のものだった。重めのテクスチャーが好きで、保湿力もあるのでお気に入りだった。こういった偶然に出くわすと、どうやら私と相性が良いらしいと勝手に解釈して喜んでしまう。

 

これ1本で18通りの使い方ができるらしい。旅行の時とか、すごく便利じゃん!と思った。しかもオイルでできている。さらに好きなラベンダーとシトラス系の匂いがある!ということで、迷った結果、春〜初夏っぽいシトラスオレンジをお買い上げ。

(BIO大国ドイツでまさかアメリカのBIO製品を買うことになるなんて…笑)

 

でも、このマジックソープ、実はドイツと縁があるようです。

 


Dr. Bronner's Magic Soap Documentary

 

ちょうどこの動画の内容を日本語にまとめてくれてるサイトがあったので紹介します。

 

エマニュアル・ブロナー博士は三世代前のおじいさんの頃(1848年)よりドイツで石鹸工場を経営するユダヤ系の豊かな家族でした。(現在はアメリカで博士の息子さんが継いでいますので5代目です。)

ブロナー博士は1908年にドイツで生まれます。子供の時より家業を手伝い、石鹸の知識を身につけていきました。(その後、自他共に認める石鹸博士となりました。)

博士は家族を残し、1929年にアメリカへ移住します。そしてウィスコンシン州ミルウォーキーで石鹸会社のコンサルティング業を始めました。その後、ドイツに残した博士の家族はナチの魔の手からの脱出の甲斐もなく、ホロコーストにより亡くなってしまいます。

家族の死は彼の生き方、考え方を変えるほどの衝撃でした。そしてアメリカで彼はその悲しみから自身の哲学を開花させ、(それはMORAL ABC(モラル・エービーシー)という。)その道徳を人々に説くようになりました。

これは今もマジックソープのパーケージに書かれているAll‐Oneの考え方です。すべてのもの、人や自然環境は一緒であるという考え方、人々はお互いを尊重し、助け合うことが大事だという考えです。

また宗教も基本はすべて同じであると説いています。この博士のモラル(道徳)のレクチャーを受けにきた人々は博士の作ったペパーミントリキッドソープのお土産を受け取りました。

そのソープが評判を呼び博士のレクチャーへ来た人々は、お土産のソープをもらうとレクチャーを聴かずに帰ってしまうという事態に発展していきました。

段々とソープ目当ての人が多くなると、博士は自分の伝えたいモラルを石鹸のパッケージにメッセージとして残し、印刷して伝えることに切り替えていきました。

博士のメッセージ入りの石鹸は1960年代後半に大ヒットとなり、カウンターカルチャーの影響を受けた若者たちを中心に(石鹸のパッケージは)バスルームで読むものと化し、インスパイアーされていきました。

マジックソープはブロナー博士のモラルに基づき、体にやさしく安心して使えるもの、そして顔、髪、体を洗うだけではなく服や食器、車も洗浄できるAll-Oneのケアー用品として今ももてはやされています。

引用元:http://josei-bigaku.jp/majikkusopu41726/

 

 

All-One、それはまさに、私がずっと考えてきたこと。

 「すべてのもの、人や自然環境は一緒」ということ。

移民受け入れの賛否の議論の中で気づいた、「賛成派も反対派も実は同じことを望んでいた」という気づき。そこから、人は表に出てくる意見は違えど、心の深いところでは一緒なんだって思うようになった。

そんな思いを「何にでも使える石鹸」という形で表現したブロナー博士。「石鹸を売るのではなく、哲学を売る」ことを信念にしていたそう。こんな生き方がしたいなと強く思った。

そして、「哲学を売る(広める)」手段は何だっていいのだとブロナー博士は背中で見せてくれた気がする。私は「映画」にその可能性を見出して、今一歩踏み入れようとしている最中だけれど、他にもできることがあるかも。自分がすでに持っている何かで表現できるのではないか、もう一度考えてみようと思う。

映像翻訳の勉強を始めます

新たなチャレンジ

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4月から、映像翻訳講座を受講することに決めた(ベルリンからWeb受講)。
まずは全22ヶ月のカリキュラムの導入部分である、ベーシックコースから。

映像翻訳とは、文字どおり映画や動画などの字幕、吹き替え、ボイスオーバー(原音が聞こえている状態で日本語の音声を原音にかぶせる手法)を作る翻訳のこと。

 

これまでの翻訳経験  

外国人がビザを申請する際の提出書類や日本で会社を設立する際の会社定款などが中心。

これは私が大学時代に外国人のビザ取得をサポートする行政書士事務所でアルバイトをしていた際に始めたのがきっかけ。当時は、国と国との間にある障壁を少しでもなくしたいという思いだった。

法律関係って聞くと難しそうだけど、実際はフォーマットや定形文があるから、それらをうまく組み合わせるだけ。ある意味、「正解」が用意されている世界。

 

 

人から人へメッセージを繋ぎたい 

映画を学ぶに至ったのと同じように、ちょっと前から人の心にメッセージを届けたいという気持ちが強くなった。同時に、今まで自分のためだけに学んできた英語を誰かのために役立てたいという気持ちも芽生え、再び「翻訳」という選択肢が目の前に。

ただ今度は書類の翻訳ではなく、人の思いや考えを伝える翻訳、つまり本などの作品を訳す文芸翻訳がしたいと思った。これは定形文なんぞなく、翻訳者の持つ感性や日本語のセンスが物をいう仕事。やるならちゃんと基礎から学びたいと思ったけど、今一歩踏み切れなくてだらだらとしたままただ月日が流れてしまった。

そして、今回フィルムスクール(映画学校)へ行く決心をしたのを機に、本ではなく映像分野の翻訳を学んでみることにした。映画の勉強もできて一石二鳥?!というわけだ。

 

もう一つの翻訳に魅せられた理由

またまたズートピアの話になるが、実は気に入りすぎて字幕版と吹替版と両方とも映画館で観た。その時に驚いたのが、字幕版(英語音声)と吹替版で言っている内容が違うということ。

 

cinema.ne.jp

 

それぞれの文化圏の人がより分かりやすい(納得しやすい)ようにあえて変えてあるらしい。すごい、さすがディズニーだなって思った。

さらに驚くことに、内容が違うのにどちらの言語で観てもそのシーンで抱く感情が一緒だったのだ!!!このことに気づいた瞬間、つい「すごい!」と口に出てしまったほど。

翻訳の真髄ってこれだなって思った。「正しい」ってなんだろう?って考えた。一語一句を辞書に載っているように正しく訳すのではなく、伝えたいことをその人に一番伝わる形にする。つまり原文と訳文に触れた別々の2人が同じゴールを共有できることなんじゃないかと。

 

翻訳はアート

以前はどうしても「作業」になりがちだった翻訳。その翻訳した資料を元に審査が行われるという重要性は十分理解していたし、だからこそ緊張感を持って取り組んできたけど、正直、やらなくていいならやりたくなかった。とにかく原文に忠実に訳すことしか知らなかったから。Google翻訳、もっと早く普及してくれないかなーって思ってた。

 

でも、本当の意味での翻訳ってきっと人にしかできない。一種のアートだから。

正解のない世界はきっと今までよりも大変。でも、めちゃくちゃワクワクしてる。

表現者への道

ことのはじまり

 

いろんな想いが溢れ、交錯しまくっていた去年の上半期。その中で下した決断が、大学院ではなくドイツに行く、というものだった。

 

その時点で、私の得たいものは大学院では得られないと直感で思ったから。でも、どこで手に入るのかは全く分からなかった。だからちゃんと向き合って考える時間が欲しくて、難民流入が激しいドイツなら何かヒントがあるかもって思って、ベルリンに外ごもりすることにした。あと、国境が国境としての意味(ボーダーコントロール)を持たないヨーロッパに住んでみたかったというのもある。

 

うっすらとその頃から、表現者(アーティスト=自分自身の生き方や経験、感じたこと、考えたことなどを何らかの形で表現し、誰かの人生の可能性を開く人)として生きたいという希望はあった。データや正論じゃなくて、人の心を震わせることで社会に変化を起こしたかったから。

 

実際にベルリンに来てみて 

 

移民がどうこうというより、みんな自分らしさのど真ん中を生きてる人ばっかりだと気づいた。画家、ミュージシャン、サッカー選手などなど日本じゃあまり出会わなかったタイプの人がいっぱい!そんな素敵な人ばかりに囲まれてると、やっぱり「できること」じゃなくて「したいこと」しようって気持ちが強くなって。それで表現することと向き合おうって。とりあえずやってみようってなった。

 

映画かも?

 

デンマークにフォルケホイスコーレと呼ばれる教育機関がある。別名「生のための学校」とか「大人の幼稚園」とも言われていて、教師と生徒が生活を共にし、対話を通じで学び合うことで人間性を高めていけるようなカリキュラムになっている。デンマークでは、高校から大学に進むまでの間(ギャップイヤー)やキャリアチェンジの前に今後の方向性を決めるために通う人が多いらしい。北欧の教育や社会にも興味があったし、学校に通うならフォルケホイスコーレの1校にしようと決めた(デンマーク内に全部で70校くらいある)。

 

学べる科目はアート、宗教、工芸、デザイン、食物、写真、ジャーナリズム、政治、スポーツ、演劇、心理、福祉など幅広く、その中の一つ「映画」が目にとまった。

 

脳裏にズートピアが浮かぶ。自分がうまく言葉にできなかった想いや世界観がとても分かりやすくストーリーとして表現されていて、さらに自分を肯定し背中まで押してくれるような作品だった。こんなに自分を登場人物(動物?)に重ね合わせて泣いた映画はなかった。

 

これかもしれない。なんとなく直感でそう思った。
映画の専門家になる、というよりは、映画という表現手段を持ったアーティストを目指したい。だから映画以外のことも続けていくと思うし、いつか私がアメリカで移民たちに気づかされたことを映画にしたい。

 

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Personal Representation: What is important to you?

 

これは学校の応募書類の一つで、自分にとって大切なものをビジュアル(絵、写真、コラージュ、映画など)で表現すると?って課題。悩みまくった結果、経験してきた全てのことのおかげで今日の私があるというのをモザイクアートで表現してみた。使っているのは手元にあった2004年から2017年までの写真。自分で作っておきながら、本当にこれまでの過去の積み重ねで自分の肖像画が作れることに感動。

  

Restart

ドイツ・ベルリンに来て早半年。

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写真はベルリン大聖堂の屋上

 

いろんなことがありました

9月:住民登録をさせてもらえない

10月:詐欺にあう&明日住む家がない…

11月:住処を探して点々とする&気管支炎に苦しむ

12月:家のすぐそばのクリスマスマーケットでテロ発生

1月:iPhoneスられて警察へ

2月:もう1台のスマホAndroid)が旅行当日の朝にいきなり充電できなくなる&まさかの旅行先のアイルランドiPhone購入

3月:オンラインで請け負っていたとあるプロジェクト(仕事)がいきなり打ち切りに

 

やっぱり呪われてるのでしょうか?笑

当初思い描いていたドイツ生活とは程遠くて……

毎日を生きるだけで必死という日々が続き、「あれ?なんのためにドイツに来たんだっけ?」と思ってしまうことも。

 

でも、2月と3月。

やっと自分と対話する時間と余裕ができました。

 

そしてたどり着いた1つの答え。

表現者として生きていく。

 

なんだそりゃ?と思うかもしれません。

また経緯等は改めて。

 

3月はそのための準備をひそかに進めてきました。

4月からRestartします。