Yasuhabitat

ー自分に還るための場所ー

私がやりたいのはやっぱり移民・難民「支援」じゃない

ずっと抱えていた違和感。

 

 

彼らは弱い存在なんかじゃ、決してなくて。

私は彼らを助けて「あげられる」ような強い存在でもない。

 

 

私のやりたいこと。

 

それは、上から目線で彼らの生活の支援をすることじゃなくて、移民と同じ方向を向いて、一緒に目標を実現していくこと。同じ将来を見つめていくこと。

 

つまり、国を超えて「生きる」 ことと真剣に向き合うこと。 自分の人生をしっかり生きること。その生き様で、そっと誰かを勇気付けられたら嬉しい。私がそうしてもらったように。

9月からデンマークのフィルムスクールへ留学します

3月末に応募していたデンマークのフィルムスクールからついに合格通知が届いた!

 

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1年前は言語化できなかった想い

 

 

ドイツに来る前は、実は大学院に進学しようと準備を進めていた。

 

分野は大学で専門にしていた移民学。アメリカの教育制度の中で学んでいたせいもあって、ずっと学部生のときから漠然と最低でもマスター(修士)までは取らないと、って思ってた。一時期はドクター(博士)まで取ろうかと考えたこともある。

 

 

大学院でやりたかったのは移民のアイデンティティーと幸福度の研究。というか、自分の中で持論があって、それを証明したかった。自分を「正しい」と認めてくれるものを求めていた。

 

ちょうど去年の今頃。仕事も、私生活も、社会的にもいろんな変化があった時期で、感動したり、吃驚したり、怒ったり、悲しかったり、とにかく感情の起伏が激しかった。わーっていろんなものが溢れてきて自分でもどうしたら良いか分からず。

 

行きづまり感を感じていた仕事。

当時通っていたコーチングスクール。

ブレグジット(イギリスのヨーロッパ離脱)。

 

 この3つが複雑に絡み合って、ポツリとでた言葉。

 

「違う!この道じゃない!大学院へ行っても自分のやりたいことはできない!」

 

そう思うに至った理由の根っこの部分を当時はうまく説明できなくて、自分でも良くわからなくて、とりあえず後付けのそれっぽい理由を並べてた。もちろんそれらも本当の理由なのだけど。でも「何でだろう?何でだろう?」って必死に考えて頭の中から絞り出した理由だった。

 

 

それでも、「大学院じゃなければ一体何なのか?」という部分がどうしてもはっきりと分からなくて、移民の流入が激しいドイツに一旦身を置いて考えてみようと思い立ってベルリンまでやってきた。データや文献からだけじゃなくて、ちゃんとそこにいる「人」(移民・難民・支援者・排斥を唱える人など)と向き合おうって。そしたら何か見えてくるんじゃないかなって。

 

 

そしてベルリンに来て半年ほど経った頃、やっと分かった。というか、ドイツに来る前からうっすら気づいてたのかもしれない。やっと自分の気持ちを認められた。

 

表現することで人と繋がりたい

 

とてもシンプルな答えだった。

表現者として生きる人に憧れを抱いていた。

でも彼らはまるでトップモデルのように手の届かない存在だった。

 

私は自分に自信がなくて、自分には何もない、何もできない。そう思っていた。

だから、大学院という場で「知識を吸収しよう」、「価値ある自分になりたい」と。

 

 

だから、表現することで人と繋がるための「手段」を手に入れるためにデンマークのフィルムスクールという道を選んだ。

 

相変わらず自分に自信はないし、未知すぎる分野で細かいことを考えたら正直怖くてたまらない。でも、ここを超えないとどこにも行けないって分かってる。とりあえず体当たりしてみるしかないのだ。

 

シリア難民によるベルリンウォーキングツアーに参加して自分を振り返る

非営利団体Refugee Voices Toursが主催する、Why We're Here: A Walking Tour in Berlin(なぜ我々はここにいるのか:ベルリンウォーキングツアー)に参加してきた。 

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このツアー、結構前から興味を持っていたのだけれど、開催日である土曜日にバイトが入ることが多いのを言い訳に参加を先延ばしにしていた。もちろん、バイトは表向きの理由で、本当は知らない人たちの輪に飛び込んでいくのを躊躇っていたから。

 

でも、「怖がっていたらダメだよね」って思って、意を決して参加してきた。そしたら思いがけないメッセージを頂くことに。

 

ツアー概要

 

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15名程度のグループでベルリン市内中心部(Mitte)の歴史的スポット4箇所を徒歩で巡る。ベルリンの歴史とシリアの現状とを重ね合わせながら、タイトルにあるWhy we are here(なぜ我々はここにいるのか)を考える約2時間の旅。

案内してくれたのは、去年の5月にベルリンへ難民としてやってきたEyas Adiさんという男性。ちなみに私と同じ1988年生まれだそう。

 

つい最近、アメリカのABC Newsでも取り上げられたんだとか。

abcnews.go.com

ここからツアーの様子がよく分かる動画(英語)が見られるのでおすすめ。

 

ベルリンとシリアの共通点、とそこから私が考えたこと

 

ベルリンも暗い歴史をもつ都市ではあるけれど、シリアとの共通点という視点でとらえたことはなかったのでとても新鮮だった。

 

トポグラフィー・オブ・テラー(ゲシュタポ本部跡地)

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ここはナチスの残虐な行為が記録された写真を多数展示している。

 

ここでAdiさんは、言論の自由が認められていないシリアの現状を語ってくれた。

 

 ある日、村のとある子供がふとISを批判する発言をしてしまったらしい。それが「いけないこと」という認識すらないような幼い子供だという。子供なら誰しもが成長過程で犯してしまうような過ち。

 

でも、この一件は「子供の過ち」では済まされなかった。その子供は身柄を拘束されてしまった。さらにその親も捕まって、拷問を受け、結果として殺害されてしまった。

 

まさにドイツのナチス時代に起こっていたことが、歴史としてではなくて、現実として今日のシリアにはあるのだという。

 

 

チェックポイント・チャーリー

 

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ここは、第二次世界大戦後の冷戦期にベルリンが東西に分断されていた時に東西境界線上に置かれていた国境検問所。当時のベルリンでは、よりよい暮らし・よりよい将来を求めてこの一線を越えようとする人が大勢いたらしい。

 

シリア難民も一緒で、本当はシリアで平和に暮らしたいけれど様々な事情でシリアで将来を思い描くことができなくなった人が、文字通り命がけで起こした行動が「難民になる」という選択なのだ。

 

Adiさんも本当ならシリアで家族と一緒に平和に暮らしたいと言っていた。戻れるものなら戻りたいとも。でも、兵役の関係でこれ以上シリアにいると徴兵されてしまう。赤十字で働いていた彼にとって兵士として生きることは死と隣り合わせであること以上に、自分の信念を失う事でもあった。このような状況下で生きる為に難民としてドイツへ渡るという苦渋の決断をしたのだという。

 

この話を聞きながら、私は自分がアメリカで移民に興味を持ったきっかけを思い浮かべていた。

 

私は16歳(高校1年生)でアメリカへ行くまでずっと日本で学校生活を送ってきたのだが、基本マイペースで、みんなが好きなアニメ・漫画・アイドルには全く興味がなく、さらに体育や音楽が苦手(嫌い)だった。そんな変わり者の私には、ありのままの自分でいられる居場所がなかった。陰湿ないじめには遭わなかったものの、揶揄われたり、自分を分かってもらえなくて辛かった。入りたい部活なんてなかったし、体育祭や合唱祭などの学校行事の度に肩身の狭い思いをした。無理に話を合わせる術を身につけて友達の輪の中にはいたけれど、とにかく毎日がつまらなかった。

 

こんなバックグラウンドを抱えて渡米した私には、アメリカ生活は天国だった。カリフォルニア州サンフランシスコ郊外という場所柄、私の周りにいた人はアメリカ以外の国にルーツをもつ人(移民)ばかりだった。私は当初、「アメリカ人」にならなきゃと必死だった。周りの人に同化することでしか自分を保てなかったからだ。でも、私が思い描いていた「アメリカ人」という型なんて存在しなかった。みんな多様すぎたのだ。

 

移民は私に「自由に生きること」を教えてくれた大切な存在。Seeking a better life(よりよい生活を求める)のために起こした彼らの決意や行動(自国を離れること)がとてもかっこよかったのだ。生きることに本気な人たちだと思ったんだ。

 

もちろん、国際移住だけが本気で生きる手段ではない。ただ、移民に救われた私はやはり、過去の自分と同じように自分を殺して苦しい思いを抱えながら生きる人を減らしたいし、なんらかの形で生きる希望をくれた移民に恩返しがしたい。それが、「誰もが自分らしく在れる社会の実現」を目指す理由。

 

迫害から逃れるために止むを得ず故郷を離れる決断した難民。

発展途上国から先進国へビジネスチャンスを求めて移住する経済移民。

そして最近日本人や経済的に豊かな国の人に多くみられる、精神的豊かさを求めて別の地へ移り住む文化移民。

みんな、自分の人生を自らの手で創り出していくことに本気。

彼らのように自分の気持ちに真っ直ぐに生きるにはどうしたらいいのか?

彼らのために、私ができることはなんだろうか?

私と同じように苦しみを抱えて生きる人にできることは何だろうか?

 

こんなことを途中で考えながら歩いていた。

 

 

Why we are here?

 

ツアー全体を通して、

なぜ難民が生まれてしまったのか?

なぜ避難先がヨーロッパ(ドイツ、ベルリン)なのか?他のイスラム圏ではないのか?

なぜ今日こうやって話をしているのか?

という疑問に対する答えが散りばめられている貴重な時間だった。

 

とりわけ、最後のAdiさんがこのツアーに携わっている理由が衝撃的だった。

”I don't want you to let the fears control you and your life.”
(恐怖に自分と自分の人生を支配されないで欲しい。)

 

なぜなら、恐怖は全てを壊してしまうから。平和も、希望も、未来も、何もかも。ベルリンやシリアのこれまでを振り返ってもそれは明白でしょ?って。この言葉を聞いたとき、みんなの目がうるうるしてた。

 

めちゃくちゃ説得力がある。そして、恐怖を恐れて何もしないのはもっと怖いことなんだって思った。

 

そして、たいてい私が自分を見失って苦しむのは、怖がっているときだってことにも気づいた。否定されたり、傷つくことを恐れて、逃げているとき。

 

これで対処法が一つ身についた気がする。物事がうまくいかなくなったり、八方塞がりになったとき、防衛線を張るのではなくそこから一歩踏み出してみよう。怖いけれど。怖くてもやるんだ。

 

 

このツアーはシリア人にとってのWhy we are hereなのではなく、参加者を含めてのWhy we are hereなんだろうな、きっと。

 

 

 

怖がらないで、世界を変えていって欲しいという彼の想い。忘れずにいようと思う。

 

 

 

 

このツアーに興味を持ってくださった方へ

 

毎週土曜日の15:00〜開催されているので是非参加してみてください。案内してくれるシリア難民の方はご自身の経験を交えながらお話ししてくださいます。参加費は無料です(チップ制)。申し込みはFacebook経由で受け付けています。

https://www.facebook.com/refugeevoicestours

 

また、私もまだ参加していないのですが、デンマークコペンハーゲンでも同団体によるツアーが開催されています。

https://www.facebook.com/Rvoices.tours

 

29歳になりました

ついに20代最後の年齢になっちゃいました。は、早すぎる。

 

そしてドイツで迎える誕生日。何か特別なこと(旅行とか)をしようかとも思ったけど、ゆっくりとベルリンでこれまでを振り返って、これからを考える1日になりました。

 

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なんとなく自然に触れたくて、何にもないところに行きたくて、ベルリンにある標高わずか120mの山へ。

 

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ベルリンにこんな森があるなんて!

ただ、この山、自然のものではなく、瓦礫を埋め立てて作られたそう。

 

だからところどころにこんなものが埋まっている。

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そしてあっという間に頂上へ。所要時間、徒歩10分。

 

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自由に走り回るダルメシアン

 

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30歳の自分。どこで何をしているんだろうか?

28歳の自分は、29歳の自分がドイツにいるなんて思わなかった。

27歳の自分は、28歳の自分が東京でシェアハウスに住んで、大学で働いているなんて思わなかった。

26歳の自分は、27歳の自分が会社から突きつけられた重たい宿題を背負いながらフィンランドで教育と自分の今後について考えてるなんて思わなかった。

25歳の自分は、26歳の自分があと5年、その当時働いていた会社でコアとなってやっていくなんて言い出すと思っていなかった。

24歳の自分は、25歳の自分が日本で再度一人暮らしをし、正社員として働いているなんて思わなかった。

23歳の自分は、24歳の自分が地元に戻ってきているなんて思わなかった。

 

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29歳。ニクを食べてるだけじゃなくて笑、もっともっと本質と向き合える1年にしたい。自己理解を深めたい。怖がらずにいろんなことに挑戦したい。

上級者の谷間でもがく

ふと目にした東京都池袋にある英会話教室のHPに掲載されていたこちらの記事を読んで、ずっと抱えていたモヤモヤがすっきり。その記事によると英語学習には、初級者の森、中級者の丘、上級者の谷という壁がそれぞれあるのだとか。

 

それでこれが「上級者の谷」の内容:

TOEICで900位からこのエリアです。多くの洋画が字幕なしで楽しめるし、海外のネットの英語も大体読めます。仕事では普通にネイティブと英語で会話して、時には通訳も任されます。日本で英語を学ぶ人の5%位の人だけがたどり着ける場所でしょう。ここまで来ると英語のわからない方から見ると、英語ペラペラです。

 

しかし本人から見ると、益々自分の英語力のなさを嘆くこととなります。中級者であれば、「英語上手ですね」と言ってくれたネイティブも、遠慮なくナチュラルスピード&スラングで普通に話しかけてきて、聞き取るのが大変になります。要求される英語力が中級者の頃とは段違いに高く求められます。こまかなニュアンスを表現したくても、上手く言えなくて自分の英語にイライラしたりします。

 

(中略)

 

英語を話していても楽しくなく、ひたすら自分とネイティブとの隙間を埋める作業が続きます。一つの谷を渡るとまた次の谷がやってきます。そしてその谷は終わりなく続くのです。中級者の丘は、アップダウンが激しく自分が成長しているかが分からず悩むのですが、上級者の谷ではいくら谷をわたってもネイティブの世界に辿りつけないことに悩みます。必要な勉強量は実は初心者、中級者の頃より逆に増えます。例えば、初心者が必要な英単語は約3000語(高卒レベル)、中級者は約8000語(TOEIC満点レベル)ですが、ネイティブの語彙力は大卒で大体25000語と言われていますので、この英単語の隙間だけでも2万語弱を埋めなければなりません。それでも英単語はやるべきことがはっきりしているだけ実はマシです。句動詞や口語表現(言い回し)などは学習が極めて大変で、どう勉強したら良いかすらわかりません。上級英文法はそれほどないのでまだ楽とは言え、「ロイヤル英文法(約800ページ)」程度の理解は必須です。このように勉強量が逆に一気に増えるのです。しかし働きながらこの勉強時間を確保するのは非常に困難です。勉強時間がないことに悩むのはどのレベルでもおなじですが、実は最も切実に悩むのは上級者なのです。

引用元:英語学習者のたどる道

(初級者の森と中級者の丘についても、こちらのサイトに詳しく書かれているので是非読んでみてください。)

 

あ、できなくって当然なんだね。なんだかとっても安心した。

 

私は交換留学のお陰もあって高校生までは英語が得意だった。県の英語のコンテストや全国模試で表彰されたこともある。でも、全部の授業が英語で行われる大学へ進学してからは、それまで自分を守ってくれた英語がいきなり自分を苦しめるものとなった。

 

高校時代までは「ネイティブじゃない」という言い訳が通用する世界だった。でも、大学はネイティブであろうとなかろうと同じ条件で戦わなければならなかったから。

 

今思えば同じ土俵に立てるようになったこと自体も「成長」な訳だけれど。当時は本当に苦しかった。それまで「できなかったこと」が「できるようになった」という経験はしてきていたけれど、「できていたこと」が「できなくなった(ように感じた)」のは初めただったからどうしたら良いのか分からなかった。お年寄りが年齢を重ねるにつれて身体機能が衰えるときってこんな気持ちなのかなって怖くなった。

 

そして一旦はネイティブレベルの英語力が求められる世界から身を引いた。数年のブランク期間を経て再度英語圏の大学院への進学を考えるようになり、再度自分の英語力と向き合わざるを得なくなった(結局、英語以外の理由で大学院へは行かないことになったのだが)。

 

その当時、よく言われたことがある。「なんでネイティブのようになりたいの?」と。完璧主義傾向があり、「できないならやらない」モードだった私には必要な問いかけだったのかもしれない。そのお陰で、間違えることに対する嫌悪感が和らいだから。

 

そして英語をやり直す中で、実はネイティブを目指すのはやめようって思ったこともある。先ほどの問いを何度も自分に問いかける中で、私にとって英語は周りから認めてもらう為の手段だったのかもしれないって気づいたから。承認欲求を満たしたかっただけなのかもって思ったから。

 

でも、やっぱりネイティブのようになりたい。日本語のように英語を操りたい。ちなみに日本語も磨きたい。そこに承認欲求がないことは完全に否定できないけれど、それ以上に強い自己表現欲求。こっち(ベルリン)の友人が、普段ドイツ語では伝えきれないことがいっぱいあるから、日本人を見つけるとついたくさん話し過ぎてしまうと言っていた。私も同じように、これまでずっと表現することを避けてきた反動なのかな?

 

その表現欲求を満たしたくて、4月から映像翻訳の勉強と英文校正(添削)の仕事を始めた。

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この先、ネイティブレベルに到達できるかは分からない。でも徹底的に谷間でもがく過程を楽しもうって思ってる。

 

スペイン巡礼(カミーノ・デ・サンティアゴ)

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キリスト教三大聖地の1つ、サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す旅。

約800km程の巡礼路を1か月ちょっとかけて自分のペースで歩く。スペイン版お遍路。

 

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このホタテマークの矢印に沿って歩いていく。

 

ふとした拍子に複数のソースから知ったスペイン巡礼。調べているうちに「行きたい!」って気持ちがどんどん強くなった。ちょっと前の自分だったらありえないこと。

 

 

綺麗な景色をみてみたい。

スペインの美味しいタパスやワインを味わいたい。

いろんな国からいろんな思いとともに来た人と交流したい。

運動することが嫌いな自分に挑戦したい。体力をつけたい。

歩きながらいろんなことに思いを巡らせたい。

くったくたに疲れ切って空っぽになったところに、自分の内側から何が溢れてくるのか知りたい。

 

 

そして、一番大切なこと。

スペイン巡礼に限らず、「やりたいこと、しよう!」

巡礼に思いを馳せているうちに、不思議とそう思った。

実はいっぱいある。やりたいと思ってできていないこと。

いや、恥ずかしながら実はドイツに来てからほとんどできていないのだ。

時間の問題だったり、金銭的な問題だったり、飛び込む勇気がなかったり(←多分これが一番大きい)理由は様々だけど、「まあ、いいか」と簡単に諦めたり後ろ伸ばしにしてきた。いろんな言い訳をして、見て見ぬ振りをしてきた。

 

ドイツ滞在も残すところ、あと2ヶ月ちょっと。

2か月後にどんな自分に会いたいか、そんな自分に会うために今日の自分は何ができるのか、ちゃんと考えようと思った。

 

【立て直す力 Rising Strong】人は常に最善を尽くしているとしたら、自分は何をするだろうか?

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TEDの「傷つく心の力」のプレゼンを観て気になった、ブレネー・ブラウン氏の最新作『立て直す力』を早速Kindleにダウンロードして読み始めた。彼女は、人間の弱さと勇気、恥と信頼について研究しているヒューストン大学ソーシャルワーク大学院研究教授。

 

立て直す力 RISING STRONG 感情を自覚し、整理し、人生を変える3ステップ

立て直す力 RISING STRONG 感情を自覚し、整理し、人生を変える3ステップ

 

 

Rising Strong: How the Ability to Reset Transforms the Way We Live, Love, Parent, and Lead

Rising Strong: How the Ability to Reset Transforms the Way We Live, Love, Parent, and Lead

 

 

「うんうん」と頷きながら、他のことをそっちのけで読み切ってしまった。その中で一番心に刺さったことを紹介する。

 

「人は常に最善を尽くしている」

 正直、「そんな訳はない!」って思った。共感できるポイントばかりだったこの本の中で唯一「違う!」って思った。だって、そもそも自分が常に最善を尽くせているわけではないから。正直、疲れて手を抜くことだってあるし、後で振り返ってみてもうちょっと頑張れたんじゃないかって思うことばっかりだから。

 

でも、読み進めていくうちに、この考えが私を苦しめていたことにハッとした。

 

無意識のうちに、他の人に対しても「最善を尽くしていない」とジャッジしていたのだ。だから、誰かに対してイライラしたり、失望したりを繰り返してた。「他人は自分の鏡」とよく言われているように、自分の嫌な面を投影して誰かを嫌いになっているんだろうなってなんとなく気づいていたけど、どうしたら解決するのかわからなかった。

 

その解決策が「人は常に最善を尽くしている」(と仮定して考える)というもの。

 

目の前の相手の気に入らない行動も、全部彼らの「最善」。

自分の至らぬ点も、その時の自分の「最善」。

 

「最善」を尽くしている人に対して取れる行動は2つ。

・受け入れる、助ける:目の前の現実が「最善」ならば、他人に対してはもし自分にできることがあれば手を差し伸べる。

 

・諦める:目の前の現実が「最善」ならば、そしてそれを許容できないのであれば放っておくだけ。

 

「最善」を目の前にして、「相手を変える」という考えはないからだ。

 

一貫性のある自分でこのジャッジをするために、ちゃんと境界線を引いた方がいいとも書いてあった。それが常に自分を大切にするということに繋がるから。そして、相手に対して憤慨する代わりに共感さえできるようになるのだとも。

 

しばらくは自分に、「人は常に最善を尽くしている」と言い聞かせながら生活してみようと思う。

【人生がときめく片付けの魔法】断捨離気分

最近、整理整頓がしたくてたまらない。

ときめくモノだけに囲まれて生活したい。

 

人生がときめく片づけの魔法

人生がときめく片づけの魔法

 

 

人生がときめく片づけの魔法2

人生がときめく片づけの魔法2

 

 

英語版はこちら

The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and Organizing

The Life-Changing Magic of Tidying Up: The Japanese Art of Decluttering and Organizing

 

 

これは私の断捨離バイブル。なぜか韓国滞在中にTVで近藤麻理恵(こんまり)さんを知って、それから大ファンに。あ、今気づいたんだけど、彼女も片づけを通して自分の哲学を広めてる人だ。私はきっとそういう存在に心惹かれやすいんだな、きっと。

 

彼女のメソッドはいたってシンプル。ものを一つひとつ手に取り、自分に「ときめくか」を聞いていく。イエスならキープ。ノーなら処分。そうすると、自分にとって大切なものだけに囲まれた、シンプルかつ豊かな生活ができるようになる、というもの。

 

ポイントは「使えるかどうか」ではなくて、「自分が使いたいかどうか」だということ。「ときめき」という言葉には、そんな意味が込められている。

 

今回、手をつけ(てしまっ)たのは、iCloud Drive上のデータ(ドキュメント系)

手元にあるデータで1番古いのが高校時代のだから、10年超のデータを断捨離して、時系列にファイリング。

そして設定をちょこっと変更したら、つ、ついに、所有している3台のパソコン(Mac2台、Win1台)のデスクトップとファイルが瞬時に同期されるようになった!やばい!めちゃくちゃ便利!

ついでにiPhoneからもパソコンのデスクトップやドキュメントフォルダ内のファイルが見える。

 

うわー、こんな日がくるなんて。夢みたいだ。ちょっと前に「こうだったらいいのに」って思ってたことが、今現実として目の前にある。す、すごい。

 

そして、溜まったデータの断捨離を終えてスッキリ気分。残ったものを改めて見返してみると、洋服や雑貨の片付けよりも、顕著に自分の価値観(大切にしていること)の反映されていてオモシロイ。

傷つく心の力

ふとTEDを見ていて見つけたこちらのスピーチ。

www.ted.com

 

うわー、私が怖がっているのって、まさにこれ。

「傷つくのが怖い」んだ。

 

自己開示の大切さとか、コンフォートゾーンを一歩踏み出した先にある可能性とか、実体験を経て分かっているはず。なのに、それなのに、躊躇してしまいがち。

 

Vulnerability(もろさや傷つく可能性のある状態)とちゃんと向き合いたい。

逃げることは自分を守ることにはならない。結局は、逃げ回る自分自身からは逃げられないのだから。

 

ドイツに来てからも、知らない人ばかりの集まりに行くのは気が重い。出来上がっている輪の中に飛び込んで行ったり、初対面の人に自分から話しかけるのを躊躇しがち。

実は、疎外感を感じたり、がっかりするのが嫌で(それを引きずる自分も嫌)、行こうと思っていたけど結局行かずじまいになってしまった集まりやイベントがたくさんある。

 

でも、やっぱりそれではダメだと思うのです。

 

思うだけじゃ変わらないので、この人の書いた本を読んで、もうちょっと向き合い方を具体的に考えてみる。

 

本当の勇気は「弱さ」を認めること

本当の勇気は「弱さ」を認めること

 

  

「ネガティブな感情」の魔法: 「悩み」や「不安」を希望に変える10の方法 (単行本)

「ネガティブな感情」の魔法: 「悩み」や「不安」を希望に変える10の方法 (単行本)

 

 

立て直す力 RISING STRONG 感情を自覚し、整理し、人生を変える3ステップ

立て直す力 RISING STRONG 感情を自覚し、整理し、人生を変える3ステップ

 

 

 

余談。

この人のスピーチスタイル、好きだなー。

 

All-One:マジックソープに込められた「世界はひとつ」の想い

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近所のドラッグストアで見かけて、日本でもコストコやロフトで見たことあるのを思い出した。テスターを使ってみたら結構好きかも?と思ったものの、ちょっとお高めだったので一旦保留にして、どんな商品なのかネットで詳しく調べてみることに(ドイツ語のパッケージを解読する力がないもので…汗)。

 

www.drbronner.jp

 

HPを見て知ったのだが、実は日本で愛用していたリップクリームがブロナー社のものだった。重めのテクスチャーが好きで、保湿力もあるのでお気に入りだった。こういった偶然に出くわすと、どうやら私と相性が良いらしいと勝手に解釈して喜んでしまう。

 

これ1本で18通りの使い方ができるらしい。旅行の時とか、すごく便利じゃん!と思った。しかもオイルでできている。さらに好きなラベンダーとシトラス系の匂いがある!ということで、迷った結果、春〜初夏っぽいシトラスオレンジをお買い上げ。

(BIO大国ドイツでまさかアメリカのBIO製品を買うことになるなんて…笑)

 

でも、このマジックソープ、実はドイツと縁があるようです。

 


Dr. Bronner's Magic Soap Documentary

 

ちょうどこの動画の内容を日本語にまとめてくれてるサイトがあったので紹介します。

 

エマニュアル・ブロナー博士は三世代前のおじいさんの頃(1848年)よりドイツで石鹸工場を経営するユダヤ系の豊かな家族でした。(現在はアメリカで博士の息子さんが継いでいますので5代目です。)

ブロナー博士は1908年にドイツで生まれます。子供の時より家業を手伝い、石鹸の知識を身につけていきました。(その後、自他共に認める石鹸博士となりました。)

博士は家族を残し、1929年にアメリカへ移住します。そしてウィスコンシン州ミルウォーキーで石鹸会社のコンサルティング業を始めました。その後、ドイツに残した博士の家族はナチの魔の手からの脱出の甲斐もなく、ホロコーストにより亡くなってしまいます。

家族の死は彼の生き方、考え方を変えるほどの衝撃でした。そしてアメリカで彼はその悲しみから自身の哲学を開花させ、(それはMORAL ABC(モラル・エービーシー)という。)その道徳を人々に説くようになりました。

これは今もマジックソープのパーケージに書かれているAll‐Oneの考え方です。すべてのもの、人や自然環境は一緒であるという考え方、人々はお互いを尊重し、助け合うことが大事だという考えです。

また宗教も基本はすべて同じであると説いています。この博士のモラル(道徳)のレクチャーを受けにきた人々は博士の作ったペパーミントリキッドソープのお土産を受け取りました。

そのソープが評判を呼び博士のレクチャーへ来た人々は、お土産のソープをもらうとレクチャーを聴かずに帰ってしまうという事態に発展していきました。

段々とソープ目当ての人が多くなると、博士は自分の伝えたいモラルを石鹸のパッケージにメッセージとして残し、印刷して伝えることに切り替えていきました。

博士のメッセージ入りの石鹸は1960年代後半に大ヒットとなり、カウンターカルチャーの影響を受けた若者たちを中心に(石鹸のパッケージは)バスルームで読むものと化し、インスパイアーされていきました。

マジックソープはブロナー博士のモラルに基づき、体にやさしく安心して使えるもの、そして顔、髪、体を洗うだけではなく服や食器、車も洗浄できるAll-Oneのケアー用品として今ももてはやされています。

引用元:http://josei-bigaku.jp/majikkusopu41726/

 

 

All-One、それはまさに、私がずっと考えてきたこと。

 「すべてのもの、人や自然環境は一緒」ということ。

移民受け入れの賛否の議論の中で気づいた、「賛成派も反対派も実は同じことを望んでいた」という気づき。そこから、人は表に出てくる意見は違えど、心の深いところでは一緒なんだって思うようになった。

そんな思いを「何にでも使える石鹸」という形で表現したブロナー博士。「石鹸を売るのではなく、哲学を売る」ことを信念にしていたそう。こんな生き方がしたいなと強く思った。

そして、「哲学を売る(広める)」手段は何だっていいのだとブロナー博士は背中で見せてくれた気がする。私は「映画」にその可能性を見出して、今一歩踏み入れようとしている最中だけれど、他にもできることがあるかも。自分がすでに持っている何かで表現できるのではないか、もう一度考えてみようと思う。