Yasuhabitat

Love the Life You Live, Live the Life You Love | 歩みたい人生を歩むための挑戦記

途中で更新が途絶えた理由

「忙しかった」という言葉で片付けてしまうこともできるけれど、ちゃんと本当の理由を残しておこうと思う。

 

もともと何かを継続するのがあまり得意ではない。
あまり誇れることではないが、過去にも色々と途中で頓挫してしまうことがあった。
意志力ないなーなんて思っていたのだけれど、それだけではない理由がやっと分かった。

 

「自分を否定されること」が極端に苦手で、なんらかのきっかけでそのようなことが起きた時に全てが嫌になって投げ出してしまう、ということ。さらにそのような状態に陥ると自分のことを表現することに恐怖を感じるということ。

 

きっかけは、元ルームメイトとの関係。

 

当時のルームメイトはフランス人とデンマーク人のミックスの18歳で、ダンスやパーティーが大好きな女優志望の子。24時間中、誰かと一緒にいたい、というタイプの子だった。わかりやすく言えばパーティーガール。

 

つまり、年齢が10歳以上離れていて、共通する趣味や関心事もなかった。ルームメイトと夜通し人生や将来について語り合いたいなーなんて思っていた私は正直がっかりだった。でもそれは彼女も同じだったようで、ノリの悪い私との生活が苦痛だったのだろう。そしてそのことをチームティーチャー(生活面の担任)に相談したらしい。

 

その結果、先生の声がけで同じチームの女子が全員一緒にランチをとることになった。その場でいきなり、「私の元ルームメイトが私があまり彼女と関わらないせいで自分の居場所がないように感じて悩んでいる。どうしたらいいと思う?」っていう話になった。

 

つまり言い方を悪くすれば公開処刑だ。その元ルームメイトもこれにはびっくりで、そんなつもりで先生に相談したわけじゃないと謝ってくれたのだが、私は先生のこの対応にとても傷ついた。

 

当時、私も多少なりともルームメイトとの関係や他の学生との関係に悩んでいた。他の学生より10歳以上離れていて、唯一のアジア人で(去年までベルリンにいたけど)、みんなと共通の話題も少ない。映画制作の経験もない。そして私はミニシアター系のものが好きなので、映画の話題ですらあまり話が合わず。本当はもっとなんでも語り合える仲間が欲しかったので正直ショックだった。

*今は別の天然なルームメイトと仲良く暮らしています。相変わらず年齢差はあるのでルームメイトというより母と子のような関係だけど(笑)

 

そして、みんなが大好きなもの。ダンス、カラオケ、パーティー。
これらを好きになれれば、きっと人生もっとみんなと楽しめるんだろうなとは思う。でも、好きではないものを無理やり好きになるのも違うなって思いながらも、なんでここまで疎外感を感じなきゃいけないのかなーって悩んでた。読書や一人で物思いにふける時間が好きだっていいはずなのに。

 

だから、私だって誰かに話を聞いて欲しかった。先生に相談したいなとも思った(でもこの時すでに別件でチームティーチャーのことを信頼できなくて誰に相談したら良いのかすら分からなかった)。なのに、そのチームティーチャーは私の話は事前に一切何も聞かずに、みんなでランチを食べている最中に、私にもっと社交的に振る舞うように言ったのだ。

 

なんか自分を全否定された気分だった。Extrovert(外向的な人)、つまり常に友人に囲まれてキャンパスライフを楽しんでいるようなタイプが「理想的」で、Introvert(内向的な人)やHSP(Highly Sensitive Person=少しの刺激を大きく感じてしまう人)は「ダメ」なのか?

 

そして子供の頃感じていた「みんなと同じじゃなきゃいけないプレッシャー」が蘇ってきた。さらに、自分が劣っているように感じて、みんなと一緒にいるのが余計に辛くなった。

 

さらに追い討ちをかけるかのようにショックな出来事が。

一番最初にエディターとして関わった映画(3分のフィクション)のフィードバックを受ける際に、別の先生から「申し訳ないけど、何を伝えたいのか全く分からない」と言われてセッションを打ち切られたのだ。確かにひどい出来だったとは思う。でも、教育者であるならば、もう少し「ここはなぜこうカットしたの?」とか「ここはこうにすればよかったと思うよ」とか言い方はあったんじゃないかなって思う。

 

私はこの学校にとても期待していた。同じ方向を目指す仲間たちと対話を通じて理解を深めるという理念や失敗が許される温かい環境にとても惹かれていたし、過去を未来へと続けていくための癒しと充電を求めていた。

 

なんで先生たちはこんなひどいことをするのか。全部嘘じゃん!って怒りがこみ上げてきた(もちろん親身になってくれる良い先生もいます)。

 

悲しい出来事が続いた直後だったから、2回目のクラス選択の抽選で第3希望のプロデューシングが割り当てられた時は、(もちろんそんな意図はないって頭では分かっていながらも)自分はこの学校にとってどうでも良い存在なのかなって感じずにはいられなかった。しかも、(今思えば単純にプロデューシングの希望者自体が少なかったから人数調整のために必要だったと分かるけれど)私の第1希望だったドキュメンタリーを第2希望で取ってる人がいたから余計にそう思った。

 

クラスの抽選の話はさておき、もちろん私の「感じ方」の問題もあるけれど、この2人の先生の態度には本当にショックで、今でも避けてしまう。これ以上、傷つけられたくないから。

 

でも、これからも映画制作を続けていく以上、自分を晒し出すことや傷つくことから逃げられないのも分かっているから、時間はかかったけれどここ(ブログ)に戻ってくることにしました(実は更新が途絶えていた間にもう一つのクライシスも経験しましたがこれは後ほど別記事で)。